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普明閣の舞台に上ると屋根瓦が美しい竹原の町並みが180度広がる |
広島県の南中部に位置し、瀬戸内海に面した自然豊かな街・竹原市。江戸時代に製塩と酒造でにぎわった歴史を持つ同市には、塩田の持ち主・浜旦那(はまだんな)が愛したという幻の郷土料理「魚飯(ぎょはん)」などの商人文化が今に伝わる。昔、栄えた屋敷や由緒ある寺が大切に保存されている竹原地区(国の重要伝統的建造物群保存地区)はしっくい壁と深いあめ色の格子が続き、歩いていると当時にタイムスリップしたかのよう。今回は、そんな町並みを訪ね、数多くのウサギが生息する国際的な人気スポット、大久野島にまで足を延ばした。
「浜旦那」の町並み
貴重な文化遺産であると同時に、個人所有の家々から成る竹原の町並み保存地区。JR呉線竹原駅から徒歩15分ほどの同地区には幾つかの通りが走っているが、その中の一つの本町通りは、町のメインストリート。通り沿いには浜旦那が建てた屋敷などが立ち並ぶ。その一つが江戸中期から「小笹屋」の屋号で塩を造り、途中から酒造りを始めた竹鶴酒造だ。今も酒を造り続ける同酒造はニッカウヰスキー創業者で「日本のウイスキーの父」と呼ばれる竹鶴政孝の生家。NHK連続テレビ小説「マッサン」のモデルにもなった。また、本町通りの途中から急な坂道を上ったところにある西方寺普明閣(市重要文化財)は京都・清水寺を模して建てられたという。朱塗りの柱が美しい。
狭い町域ながらも当時の町家や盛り場などの様子がしのばれる同保存地区には、ネコの姿がよく似合う。本町通りにある「陶工房 風土」には看板ネコ、ハチワレの「漱石」がいる。広島県の辞令で路地裏観光課長の肩書を持つ人気者だ。このほか、本町通りから離れた本川沿いにある森川邸(市重要文化財)は大正初期に竹原塩田の1番浜跡地に建てられた浜旦那の典型的な屋敷だ。
焼いてそぼろにしたドウマル(トラギス)などの白身や、味付けした季節の野菜、シイタケ、アナゴ、エビなどをご飯の上に乗せて食べる魚飯。カツオとコンブ、イリコでとったダシ汁(右上の急須)をかけて食べてもおいしい |
“幻”の郷土料理「魚飯」
塩田の生み出す富を背景に豊かな商人文化を根付かせた浜旦那。彼らが来客時のもてなしや祭事の料理として提供した郷土料理が魚飯だ。竹原は300年以上もの間「塩の街」として大いに栄えたが、塩田は1960年ごろ廃止され、それとともに魚飯も姿を消した。しかし、竹原の食を研究する団体が昔の新聞に「魚飯」の記事を“発見”したことで復活。
魚飯が食べられる店は現在、市内に8店舗(要予約)あり、そのうちの1店「味いろいろ ますや」(Tel.0846・22・8623)では、店主の升谷隆美さん(67)が「東京を含め、いろんなところから魚飯を食べにお客さまが来られますよ」とにこやかに話す。 |
大久野島のウサギ |
大久野島は「うさぎの島」 大久野島にはJR竹原駅から3つ目の忠海(ただのうみ)駅を降りて徒歩7分の港からフェリーに乗って15分程度で着く。この島はウサギが数多くすむ「うさぎの島」として、日本だけでなく海外からもたくさんの観光客が訪れる。
今は平和なイメージの大久野島だが、昔は意外にも日本陸軍の毒ガス工場が置かれていたという。当時働いていた工員の作業服や液体毒ガス製造装置などを展示する毒ガス資料館のほか、砲台跡や発電所、毒ガス貯蔵庫などの軍事関連施設跡が島内に残る。レンタサイクル(電動アシスト機能付き)を借りると、30分程度で島内を一周できる。 |
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◆ 観光の問い合わせ ◆
(一社)竹原市観光協会 Tel.0846・22・4331 |
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