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  茨城版 令和6年9月号  
「人間を撮る」…映像に残した“長寿”の偉人  ドキュメンタリー映画監督・河邑厚徳さん

河邑さんは現在、もっぱら戦争をテーマにして作品を制作している。最新作「丸木位里 丸木俊 沖縄戦の図 全14部」(2023年)は、コロナ禍のさなかに沖縄に飛び形にした力作だ。そして現在は、ベトナム戦争時の戦場カメラマン石川文洋にカメラを向けている。「コロナ禍を経て人類は過去の過ちを忘れて戦争を始めました。紛争が激化した中東ガザ地区はまるで沖縄戦の様相を示しています。過去をひもとくことで未来への道しるべを示したい。それがわれわれジャーナリストの使命です」
9月10日~23日、過去3作品を特集上映
 NHK入局以来、「シルクロード」(1981〜84年)、「チベット死者の書」(93年)など、数々の特集番組の制作に関わり、現在はフリーのドキュメンタリー映画監督として活躍する河邑厚徳さん(76)。今月は敬老の日を挟んだ前後2週間に、かつて河邑さんが長寿の偉人たちを記録した「天のしずく 辰巳芳子“いのちのスープ”」(2012年)、「笑う101歳×2 笹本恒子 むのたけじ」(16年)、「天地悠々 兜太・俳句の一本道」(19年)の3本の映画が特集上映される。「NHK時代からずっと“人間”を撮ってきました。今回上映する3本の映画でフィーチャーした4人は、それぞれ戦争と平和を見つめ、命の大切さを説いてきた巨人たちです。過去・現在を語る彼らのメッセージは必ずや未来への道しるべとなるはずです」

 食を通じて人の在り方や愛、環境への哲学を説いた料理研究家の辰巳芳子(現在99歳)。終戦の日に“報道の責任”を取る形で新聞社を辞し、地方で理想のジャーナリズムを追い求めたむのたけじ(享年101歳)。大変な道を切り開いてきたが、笑顔を絶やさなかった日本初の女性報道写真家・笹本恒子(享年107歳)。社会性俳句運動などを通じ、戦後俳句の第一人者となった金子兜太(享年98歳)—。

 人生の終焉(しゅうえん)間近の彼らにカメラを向け、ときには臨終に立ち会った河邑さんは4人を、現代における“神話”的存在だとたたえる。「人類には“科学の知”と“神話の知”があります。科学は間違いなく人の世を豊かにしました。しかし、人間が幸せに生き、幸せに死ぬには科学で説明できない何かが必要です。ここでいう“神話”とは直感やイメージの世界ですね。『自分は一体何者か?』と考えること、つまり人は哲学によって自分の命を全うするわけで、それは“神話の知”にあるのではないかと思っています」

 そして河邑さんは言葉を継ぐ。「4人ともが戦争を経験し、命がどんなに大事かよく分かっています。そのうえで戦後約80年、いろんな立場で揺らぐことないバックボーン(哲学)を持ち生き続けてきた人ばかりです。現在この国に生きている人にとっての“神話”的な存在を、それぞれこの4人の中に見いだせるはずで、映画を見てそれを感じてもらえたら、すごく豊かにこれからの時間を過ごせるのではないでしょうか」

組織中の“職人”に
 河邑さんは71年に東大法学部からNHKに入局。高校のときは建築家か弁護士、そして映画監督になりたかったのだという。「組織の中にあっても、白黒はっきりした成績を残せる“職人”になりたかったのだと思います」

 いわゆる全共闘世代だった河邑さん。さまざまな価値観がひっくり返った当時の世の中を「面白い」と感じ、テレビの世界に身を投じた。「国鉄マンだった父がカメラを趣味にしており、そのおかげか僕も昔からカメラに親しんでいました。また父の赴任で九州に住んでいたとき、父が長崎の原爆被害の状況をカメラに撮りためていた姿に、知らず知らずのうち影響を受けたのかもしれませんね」

“平和”と“命”柱に
 NHK入局後は報道畑ではなく番組制作の道に進み、79年に「私の太平洋戦争〜昭和万葉集から〜」、81年にはがんで余命がわずかな患者の最期にまで密着した「がん宣告」を制作。両作品とも「文化庁芸術祭」に出品され評価された。「駆け出しのころに“戦争と平和”と“命”を見つめる機会に恵まれたことに感謝しています。“人間”を撮る上で、また僕の映像作家人生において大きな糧になりました」

 同じく81年には日中共同制作の「シルクロード」に参加している。その後も河邑さんは「インドこころの旅」(85年)や「チベット死者の書」など、世界中を飛び回り番組を制作。91年の「アインシュタイン・ロマン」、99年の「エンデの遺言〜根源からお金を問う〜」で科学や経済にも切り込み、より“人間”の存在を深掘りしていった。

リスペクトを胸に
 NHK番組プロデューサーとしての第一線から退いていたある日、同じくNHK「きょうの料理」を長く担当してきたプロデューサーから相談を受ける。同番組に講師として出演してきた料理研究家・辰巳芳子の思いを知らしめるにはテレビでは限界があるとの嘆きに、河邑さんは映画作りを提案。自らメガホンを取り、還暦を越えて映画監督への道を歩み始める。「さまざまな分野で活躍し、今や鬼籍に入りつつある素晴らしい人々を記録として映像で残していくことに手応えを感じました」。それまでNHKでは、膨大な予算やスタッフとともに世界中で取材をしてきたが、今はカメラ一台抱え一人で取材に赴く。「ドキュメンタリー制作は天職だと思っています。ですが組織でやる仕事と、個人でできる仕事は違います。一人で身の丈に合ったものをやりたいとなったら、やっぱり“人間”見つめていくというのが、自分ができることなんですよね」

 現在はフリーの立場で作品を制作し続けているが、NHKという大組織に身を置いていた当時と、個人で動く現在も軸は変わらない。「視聴率など、作品を見てもらう人たちの関心を引くことは大事です。でも、それに引きずられて、撮る側が撮られる側の真実や訴えを裏切ることは絶対にしないと心掛けています。リスペクトを忘れず、今後も作品を制作していきたいですね」


「天のしずく 辰巳芳子“いのちのスープ”」
©2012年 天のしずく製作委員会
◆ 特集上映「勇気をくれる伝説の人間記録」◆
 10日(火)〜23日(月・振休)、東京都写真美術館(恵比寿ガーデンプレイス内、JR恵比寿駅徒歩7分)ホールで。

▶「天のしずく 辰巳芳子“いのちのスープ”」監督・脚本:河邑厚徳、朗読:草笛光子、語り:谷原章介、日本映画、113分
▶「笑う101歳×2 笹本恒子 むのたけじ」監督・脚本:河邑厚徳、語り:谷原章介、日本映画、91分
▶「天地悠々 兜太・俳句の一本道」監督・脚本:河邑厚徳、朗読:本田博太郎、語り:山根基世、日本映画、74分。

 全席指定1800円、60歳以上1200円。会期中、河邑監督やゲストを招いたトークショーも。上映スケジュールなど詳細は問い合わせを。同館 Tel.03・3280・0099

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