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江戸時代のアーケード「こみせ」 |
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青森県は山郷の国だった。その昔、豪雪地帯であることもあいまって、郷と郷の連絡が閉ざされることも多く、個々の地域で独自に生まれた文化・風習は、その地で結晶となり、町ごとに独特の個性を花開かせた。青森県中央部に位置する黒石市もそんな郷のひとつだ。ちょっとのぞいただけでも、民芸品に名物の焼きそば、そして古い街並み … 。どこの地域にもありふれているはずのものなのに、何かが違う。
さあ、旅立とう。思わぬ発見が行き先に待ち受けているはずだ!
江戸時代にもアーケード商店街があったことはご存じだろうか。
黒石では藩政時代、初代藩主が行った町割りで、商人街の軒下に大きなひさしを張り出す、木造アーケード状通路「こみせ」(小見世) を作らせ、雪を避け、道路のぬかるみを防ぎ、物資の流通を円滑にする措置を取らせた。
「こみせ」は上空から降る雪だけではなく、着脱式のガードレール「しとみ」(蔀) により、地上に積もった雪が通路に侵入するのも防ぐ。さらに雨や夏の強い日差しからも守り、通行人に快適な空間を提供。江戸時代には大いに栄えた。
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高橋幸江さん |
しかし時は流れ、古い街並みはどんどん消えていった。失われる情景を残すため、2005年に国の「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されたのが「中町こみせ通り」だ。
「昔この辺は傘なんていらなかったの」と語るのは、「中町こみせ通り」内の重要文化財 (73年指定)「高橋家住宅」(黒石市中町) の第14代当主・高橋幸江さん (67) 。
高橋家は代々米を商ってきた商家。高橋さんは71年に夫の実家であるこの家に引っ越して以来、夫や親族の死後もここを守り通してきた。重文指定の家屋に住み続けるのは大変なのでは、と問うと「昔からの家屋は日本の気候にあわせられ十分快適。ただ急な補修もすべてお役所に申請しなきゃならないのが玉にきずかしら」と苦笑い。
つゆやきそば 驚きの組み合わせ
黒石名物「つゆやきそば」を知っていますか?
ラーメンのスープで焼きそばを食べる、驚きのコラボレーション!最初はだれもが顔をしかめるが、口にしてみれば …… 。
黒石は「焼きそばのまち」─。「人が集まれば」「冠婚葬祭に」「ちょっと一息入れる時」そして「おふくろの味」として、黒石の焼きそばは住民の傍らに常にある。
「烏骨鶏ラーメン龍」津軽1号店のつゆやきそば。
独特の太平めんが存在感をアピール |
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そもそもは戦後の物不足でラーメンの材料が欠乏、人々が代わりに焼きそばを求めたことに始まる。住民の舌に応えるべく、地元の職人・料理人はあらゆる試行錯誤を重ね、この黒石限定の「焼きそばビッグバン」を起こした。ソースとめんが絡みやすい上、うどんのような太さとコシを持つ「太平 (ふとひら) めん」を生み出すなど、黒石独特の焼きそばの大進化をもたらした。
そして現時点での究極の進化形態が、ラーメンとの融合を果たしたこの「つゆやきそば」。その始原を考えれば行き着くところに来た感じだ。今回「つゆやきそば」をいただいたのは「烏骨鶏 (うこっけい) ラーメン龍 (ロン)・津軽1号店」(黒石市中川篠村、TEL0172・53・8233)。
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佐藤俊裕さん |
ここは「店長オリジナルソースの焼きそばと烏骨鶏スープが絶妙」と評判の店。オーナー店長の佐藤俊裕さん (57) に聞くと「うちの自慢は烏骨鶏まるまる一体を12時間煮込んだ鶏がらスープと、スープおよび黒石独特の太平めんにあうよう研究を重ねた焼きそばソース」。
出された器からはまず芳醇 (ほうじゅん) なソースのにおいが鼻孔を突き、佐藤さんにより「ラーメン80 : 焼きそば20」という割合で調合された味の妙は、多くのリピーターを引き付ける。「焼きそば20」のアクセントが自慢のスープを引き立てるとか。
お店は九州発祥のフランチャイズ店だが、自慢である烏骨鶏のあっさりスープが生かされれば、後はすべて店の裁量に任されているという。佐藤さんは「幸福な出会い」だったと語る。実は佐藤さんの本業は幼稚園の理事長。ラーメン好きが高じて同店のオーナーになった。自慢の「つゆやきそば」は700円。ぜひご賞味を。
また、大手食品メーカーが「つゆやきそば」カップめんの製品化を計画しているとか。そちらの方にもご期待を。
黒石市農林商工部商工観光課
問い合せ:TEL0172-52-2111 |
『烏骨鶏ラーメン龍・津軽1号店』
自慢の「つゆやきそば」はこちら!/TEL:0172-53-8233 |
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