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映画「囁きの河」のポスターを指さす中原さん。同映画では、わだかまりのある主人公親子の絆の再生の鍵となるのが、ポスターにも写っている球磨川の川下りだ。映画では船頭の経験者としての役柄上、すいすいと船の櫓(ろ)をこぐ中原さんだが、「実は泣きたいくらい大変だった」と苦笑する。「櫓と船は直接的につながっておらず、船尾の小さな突起(櫓軸)に、櫓についた一円玉ほどのくぼみ(入れ子)をはめ込んでこぐのですが、すぐに外れてまともにこげないのです。都合1カ月くらい猛特訓しました」 |
映画「囁きの河」、7月11日公開
テレビのミステリードラマや時代劇、さらに映画の文芸大作から特撮物まで、ジャンルを問わず脇を固める名バイプレーヤーとして人気を博す俳優の中原丈雄(たけお)さん(73)。7月には故郷・熊本県人吉市を襲った水害を背景に、傷ついた人たちの絆の再生や地域の復興を描いた映画「囁(ささや)きの河」で主演を務める。「人吉は歴史的に水害の多い土地です。でも、家を流され家族を失っても故郷を離れられない人たちがいます。そんな人たちの切なさや頑張りを知ってもらえれば…」と中原さん。道半ばである愛する故郷の復興へ、主演作でエールを送る。
映画「囁きの河」は、2020年の熊本豪雨(令和2年7月豪雨)で未曽有の被害を被った同県の球磨(くま)川流域を舞台に描いたヒューマンドラマ。中原さん演じる主人公の今西孝之は妻亡き後、幼い息子を母に預け故郷を出て消息を絶ったが、母の訃報を聞き22年ぶりに帰郷。球磨川の氾濫により変わり果てた故郷の姿に愕然(がくぜん)としながらも、「幼い自分を見捨てた」と心を開こうとしない息子や、水害で心に傷を負った昔なじみらとの縁を紡ぎ直すことで、失った居場所を取り戻すまでを描く。
同水害では、実際に中原さんが高校生までを過ごした家が水に漬かり取り壊されたという。中原さんはこう話す。
「心配で帰郷したら、城下町の風情を残す人吉の古い町並みはくしの歯が抜けたように方々で家が失われ、プレハブの避難住宅と混合していました。歴史が“失われた”と感じました。切ないです」
球磨川は熊本県南部の人吉盆地を流れる県内一の大河。豊かな水流は名産のお茶や球磨焼酎などの恵みをもたらすが、いったん豪雨が降ると水害を引き起こしてきた歴史を持つ。「昔から分かっていたこと。行政は有効な対策を取れなかったのか。地元では人災との声もあります」と憤る中原さん。「素晴らしい映画なのですが、物産や観光ではなくこういう悲しいことで故郷を伝えることに一抹の寂しさがありますね」
主演は格別
同映画が立ち上がる前から協力の打診が来ていたが、紆余(うよ)曲折を経て中原さんが主演を務めることになったという。「名バイプレーヤーと褒められることはうれしいですが、やはり主演は格別です。脇役だと(主役の役者に)負けてなるものかと力が入りすぎることがあるのですが、主演だとその力みが消え自然体で役に入っていけるのです」
中原さんが俳優に憧れたのは小学生のころ。「当時は芋しか食べられず絶えずおなかが減っていた」が、映画を見に行くと銀幕の中の俳優たちはいつもおいしそうなものを食べている。「こんな素晴らしい職業があるのかと感動したのですが、役者が“食えない”と知ったのは自分が俳優となった後でした(笑)」
俳優を志し大学入学を機に上京すると、1年で中退しボーカル・グループ「デューク・エイセス」のマネジャーとして就職。そこから、「劇団未来劇場」に入団し約10年で主役級の俳優となるが、さらにテレビや映画など映像作品への出演を目指し、同劇団を退団。“ザ・芸能界”に打って出る。「主役を張っても劇団では常連客以外、世間では誰にも認知されません。“井の中の蛙(かわず)”で終わりたくなかったのです」
しかし、華やかな舞台を目指したはずが大きなチャンスに巡り合うこともなく、そこからさらに10年近く足止めを食うことに。「劇団員時代に輪をかけ貧乏になりましたね(笑)」
絵筆で糊口しのぐ
その間、糊口(ここう)をしのげたのは幼いころから得意だった絵画の腕だった。実質、プロの画家として生計を支えていたというが、「それで生きる気は一切ありませんでした。劇団員時代からずっと叱られ続けた人生の“借り”は芝居で返さねばと強く思っていましたからね」。
長らくくすぶっていた中原さんだが、41歳で出演した映画「おこげ」(92年)で妻のいる同性愛者を熱演し注目を浴びる。そこからは、NHK大河ドラマでは、「炎立つ」(93〜94年)、「徳川慶喜」(98年)に出演。さらに2016年の「真田丸」では、大坂の陣で真田幸村(信繁)を支える腹心の武将を好演。民放ドラマや映画でも今や外せない名バイプレーヤーとして数々の作品に名を連ねる。「60歳、70歳と過ぎて少しずつ仕事が増えてきましたが、まだまだ“借り”は返せていません! 誰にというわけでもありませんが、見返してやらなければならない苦しみがまだ自分の中に残っているのです。これからが本番。もっと上を目指していきたいですね」と意気盛んだ。
愛する故郷へ恩返し
中原さんは東京在住だが、年の3分の1は熊本に帰郷。地元のテレビ・ラジオでの仕事のほか、バンド活動や一人芝居で故郷の“町おこし”に尽力している。「映画『囁きの河』では、芝居以外でも地元の縁ある人たちをスタッフに紹介するなど、協力させていただきました。山に囲まれた故郷が嫌で飛び出したのに、今は故郷を愛してやみません。故郷での活動は“第二の青春”。この年になってからもやっていける元気の源。年取ってからの方がやることがどんどん増えています(笑)」 |

©Misty Film |
「囁きの河」 日本映画
監督・脚本:大木一史、出演:中原丈雄、清水美砂、三浦浩一、渡辺裕太、篠崎彩奈、不破万作、宮崎美子ほか。108分。
7月11日(金)からシネマ・ロサ(Tel.03・3986・3713)ほかで全国順次上映。 |
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