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  東京版 令和6年12月上旬号  
「介護」や「女性抑圧」…演劇で世に問う  演出家・俳優 渡辺えりさん

社会問題に関心が高い渡辺えりさんは、シングルマザーの貧困問題や、その子どもたちのことに心を痛める。「料理を作るのは大好きなので将来、“子ども食堂”をやりたい」と言う。「自宅で、ごはんに納豆、卵焼きで朝食を提供し、私の作った料理を食べている子どもたちの傍らで物語を読み聞かせてやりたい」と、演劇引退後の生活に思いをはせる
1月に「古稀記念2作連続公演」
 1980年代の小劇場(アングラ演劇)ブームから現在まで、演劇でさまざまな問題を世に問うてきた劇作家・演出家・俳優の渡辺えりさん(69)。「70歳の節目にどうしてもやりたかった」と話す群像劇「鯨よ! 私の手に乗れ」と「りぼん」が1月8日から、下北沢・本多劇場で連続上演される。渡辺さんは自らの作・演出によるこの2作で「介護」と「女性への抑圧」をテーマに、激動の昭和から現在まで、時代に翻弄(ほんろう)されながらも力強く生きる女性たちを描いた。「老若男女の幅広い世代に見てもらい、それらの問題を考えるきっかけにしてほしい」と話す。

 「渡辺えり古稀記念」と銘打って上演される2作は、ともに約30人の俳優が出る群像劇。それだけに、演出にもパワーが必要になるが、上演直前に70歳になる渡辺さんは、「体が動くうちにこの2作を上演したいと思い、連続公演にしました」と語る。


 2017年初演以来の再演となる「鯨よ! 私の手に乗れ」は、渡辺さんの個人的な経験をもとに書かれた。物語は、地方の町にある介護施設が舞台。そこには、若いころに東北地方の劇団に所属していた元役者たちが暮らしていた。彼女らは「昔、上演できなかった作品を上演しよう」と稽古を始めるが、台本が何者かに破り捨てられていた…。

 老々介護やヤングケアラーが注目されるなど、深刻さが増している介護問題。同作には、渡辺さんの母が認知症になって介護施設に入所したときの体験や、自身の演劇に対する思いなどが織り込まれている。「劇中のセリフには、母が入所した介護施設を訪ねたときに母ちゃんが言った言葉や、介護士さん、母の世話をしていた弟、弟のお嫁さんが言った言葉もそのまま出てきます。だから、リアリティーがあると思います」と渡辺さん。一朝一夕には解決できない介護問題だが、人生の中に演劇があることの強さを現代に問い掛けている。

 また、「りぼん」は、バンドネオン、ピアノ、ギターの生演奏とともに演じられる音楽劇。互いに支え合いながら同じアパートに住んでいた春子や老女の馬場ら、過去に心の傷を負った女性たちの姿を通して、この国で女性がどのように時代の波に翻弄され、社会に抑圧されてきたかを描く—。渡辺さんが「りぼん」という作品で象徴させているのは、日本社会で続く女性への抑圧や男女格差の問題。世界経済フォーラムによるジェンダー・ギャップ指数(経済・教育・政治参加の男女不均衡)などでは、「先進国はもちろん、世界の中でも日本は最低ランクの水準です。こうした男女格差がなくならない限り、諦めずに『りぼん』を上演し続けたい」。同作は、2003年初演、07年再演、今回が再々演。

小学3年生で演出
 渡辺さんは、山形県で中学教師をしている家庭に生まれた。「小さい頃から、絵を描いたり、デザインしたり、歌うのも好きだった」ということもあり、演劇に興味を持っていた。「あれもこれもと、やりたいことがいっぱいあって、それが全てできるのが演劇だったんです」。今も記憶しているのは、小学校3年生の学芸会で、自作の物語を演出したこと。「演出しながら、『なんか違う!』って泣いていたそうです」

 高校卒業後、「東京で演劇をやりたい」と上京。内心は、「運が良ければ、大ファンのジュリー(沢田研二)に会えるかも」という期待を抱いていたという。舞台芸術学院に入学し本格的に演劇を学んだ後、23歳のときに同学院の同期生らと「劇団2○○(にじゅうまる)」=後に、「劇団3○○(さんじゅうまる)」に改名=を旗揚げ。それ以来、渡辺さんは舞台の作・演出・出演を担うようになる。「劇団を旗揚げした当時は全部、自分でやっていたんです」。今2作でも、渡辺さんが衣装デザインを担当している。

 多芸多才な渡辺さん。劇作家・演出家としては、舞台「ゲゲゲのげ 逢魔が時に揺れるブランコ」で“演劇界の芥川賞”といわれる岸田國士戯曲賞を受賞(83年)し、「瞼の女まだ見ぬ海からの手紙」で紀伊國屋演劇賞を受賞(87年)。「劇団3○○」解散後は演劇ユニット「宇宙堂」を経て、現在は演劇制作集団「オフィス3○○」を母体に、舞台作品を発表している。

 一方、俳優としては、NHK連続テレビ小説「おしん」(83年)、「あまちゃん」(2013年)など多くのドラマに出演し、映画「Shall weダンス?」(96年)で日本アカデミー賞最優秀助演女優賞を受賞。オムニバス映画「バカヤロー! 私、怒ってます」(88年)で初監督を務めた。

「ライブ感が大好き」
 「16歳のころからずっと平和を祈って戯曲を書き続けていますが、69歳になった今でも、戦争は終わっていません」と話す渡辺さん。ロシアのウクライナ侵攻や、イスラエルのパレスチナ・ガザ地区への攻撃—。「戦争の犠牲になるのは私たちのような弱い立場の市民なんです」と戦争の悲惨な状況を憂え、一刻も早い終結を願う。

 これまで渡辺さんは戦争や男女格差、貧困などの問題を「演劇」という形で世に問い続けてきた。「舞台で自由な表現ができるのが演劇の魅力。それに、私は舞台のライブ感が大好きだから」と話す。今回の「古稀記念連続公演」でも、観客の笑顔と笑い声が起こるのを楽しみにしている。


「鯨よ! 私の手に乗れ」2017年
渡辺えり古稀記念2作連続公演 「鯨よ! 私の手に乗れ」「りぼん」
 1月8日(水)〜19日(日)、本多劇場(小田急線下北沢駅徒歩3分)で。

 ▶「鯨よ! 私の手に乗れ」(全10公演)出演:木野花、三田和代、黒島結菜、宇梶剛士、ラサール石井ほか。▶「りぼん」(全9公演)出演:室井滋、シルビア・グラブ、大和田美帆、広岡由里子、土屋良太ほか。詳細な公演日程は問い合わせを。

 全席指定。平日一般各1万円、土日一般各1万1000円。問い合わせはMITT TICKET  Tel.03・6265・3201

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