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  東京版 令和5年12月下旬号  
タンゴは変幻自在な魂の音  タンゴ楽団「チコス・デ・パンパ」バイオリン奏者・永野亜希さん

あくの強いバイオリンの独奏で始まるコンチネンタル・タンゴ(ヨーロピアン・タンゴ)の代表曲「ジェラシー」は永野さんの十八番。コンサートでは必ず弾くという。胸をかきむしるような嫉妬の情念を匠(たくみ)の技で奏でる音色は必聴だ。そして、永野さんの構える“相棒”はイタリアの職人、ジュリオ・デガーニによる1898年製のバイオリン。高校卒業後、米国留学を前に父から購入してもらった業物だという。「プロのバイオリン奏者のモノとしては安い、といわれますが、それでも家は買える値段ですかね」
2月29日、アルゼンチン・タンゴコンサート開催
 日本のアルゼンチン・タンゴ楽団にあって、伝統ある「ダリエンソ・スタイル」(リズムを重視し強烈なビートを刻む演奏スタイル)を守り続ける「チコス・デ・パンパ」。ピアノ、バンドネオン、コントラバス、バイオリンの4人からなる小編成ながら、大編成楽団に負けない力強いビートを奏で、一家言ある往年のタンゴ・ファンたちからも好評を博している。繊細かつ迫力ある演奏で同楽団のバイオリン奏者を務める永野亜希さん(49)は、2月の演奏会を控え意気込みを語る。「4人が息を合わせたビートを刻みながら、それぞれの見せ場では強烈な個性を音楽にして表現するのがタンゴのだいご味。変幻自在な魂の音色をお聞かせします」

 もともとはクラシック畑で、東京交響楽団(東響)や新日本フィルハーモニー交響楽団(新日本フィル)をメインに活躍していた永野さん。タンゴとクラシックの違いについてこう分析する。「ソロ演奏は別として、オーケストラでは譜面を忠実に演奏するクラシックと比べ、タンゴでは演奏家がそれぞれアレンジを利かせ、個性がぶつかり合うことで相乗効果をもたらすのが魅力です。当日の演奏会でも、一緒にビートに乗りながら、楽団員たちの“セッション”に耳を傾けてください」

 1974年、高知県高知市に生まれたが、父の転勤ですぐに福島県郡山市に転居したという永野さん。バイオリンは習い事として8歳から始めたが、「実はやめたくてしょうがなかった」と苦笑する。

 幼少時のバイオリンは、体が成長するごとに体形に合わせ新調する必要があるが、「やめる!」と言い出す直前のタイミングで、なぜかいつもクラシック好きの父が新しいバイオリンを買ってきた。「やめるにやめられなかった(笑)」と回想する。

 中学校では管弦楽部に入部するが、それも「小学生でさんざんバイオリンをやってきたので練習しなくてもいいだろう」という何とも残念な理由からだった。しかし、毎日放課後3時間も練習する熱血指導が待っており、そのかいあってか全国大会にも出場している。

ボストンに音楽留学
 高校生になると、「将来バイオリンを続けるのか? やるのなら応援する」と父に選択を迫られた。親戚一同には大反対されたが、「自分にはもうバイオリンしかないのでは?」と決意を固めた永野さん。恩師のすすめで高校卒業後の1993年、アメリカの名門、ボストンのニューイングランド音楽院に留学した。

 同校の近くには、あの小澤征爾もタクトを振ったボストン交響楽団の本拠地があり、同楽団の奏者がたびたび特別講師としてやってきて指導を受けることができた。「在学中は学生楽団として、アメリカやヨーロッパにも演奏旅行させてもらえました。なにより、本場の空気を吸えたのが糧になりましたね」

 5年の留学期間を経て帰国した後は、東京ユニバーサル・フィルハーモニー管弦楽団で演奏したほか、バイオリン講師としても約40人の生徒を抱え忙しい日々を過ごした。2001年のそんなある日、音楽仲間の代理としてタンゴ楽団のコンサートに参加する。それが、今は亡き師、西塔祐三と、彼が率いる歴史ある日本の大編成タンゴ楽団「グランオルケスタ・ティピカ・パンパ」との出合いだった。「最初はかっちり決まったクラシックの演奏と違う、“自由”なタンゴの世界に戸惑うことばかりでした」

 しかし、なぜか西塔に見込まれ、03年には「ティピカ・パンパ」から派生した少数精鋭の「チコス・デ・パンパ」の一員として抜てきされる。繊細で、“歌う”ような音色を響かせるバイオリンも、タンゴでは“濃い味付け”の演奏が望まれ、譜面には等分に刻まれたリズムをわざと崩しアレンジを利かせる…。そんなタンゴの魅力に徐々にはまっていく永野さんだが、「並行して東響や新日本フィルでも演奏していたので、結構混乱しましたね」。

タンゴ一本に絞る
 西塔にも、「もっと“汚い”音が欲しい」と指示されるなど、「クラシックでタブーとされることが、タンゴではそれが一転、“演奏の幅”となります。同じ曲を常に同じ音で再現するよう求められるクラシックと比べ、自由の幅が大きいタンゴは、ジャズのセッションに近いかもしれません」。

 結婚後、14年に第一子が生まれると「子育てしながらタンゴとクラシックの“二刀流”は無理」だと決断し、「もともと自分に合って楽しかったから」とタンゴを選択。「(西塔)祐三さんが常々、“楽団員は家族”とおっしゃり、温かく遇していただいたことへの感謝もあります」。現在は、「ティピカ・パンパ」の第一バイオリン奏者を務める傍ら、小回りの利く「チコス・デ・パンパ」で定期的にステージに立つ。

 コロナ禍を経て永野さんは、世の中に“癒やし”をもたらす音楽の役割を強く認識するようになったという。「タンゴにふさわしい情熱的な音色をいかにバイオリンで表現するか、20年以上試行錯誤していますが、まだまだ正解は見つかりません。より自由な演奏で魂の音色を刻み、タンゴの演奏で皆さんに元気を届けたいですね」


チコス・デ・パンパ
♪アルゼンチン・タンゴコンサート〜世界のタンゴVol.60
 2月29日(木)午後1時半、横浜みなとみらいホール(みなとみらい線みなとみらい駅徒歩3分)小ホールで。

 予定曲:「エル・チョクロ」「パリのカナロ」「ジェラシー」「ラ・クンパルシータ」ほか。

 演奏:宮沢由美(ピアノ)、永野亜希(バイオリン)、佐藤洋嗣(コントラバス)、北村聡(バンドネオン)。ダンス:高志&めぐみ、ズーハン&京子、すみれ&玉井、歌:山口蘭子。

 全席指定5500円。問い合わせはインターナショナル・カルチャー Tel.03・3402・2171

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