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  東京版 令和5年2月上旬号  
劇団民藝とともに…演じ続け61年  女優・日色ともゑさん

日色さんは子どものころ、「将来は絶対、“書く人”になりたい」と考えていた。「いきなり小説家は無理だろうから、新聞や雑誌の記者になろうかな」。父親は新聞社を定年後も囲碁・将棋の観戦記者、芸能記者として活躍。棋譜や原稿の受け渡し、譜面作成を手伝っていた日色さんは将棋が強かったという。もし劇団に入団しなかったら、女流棋士の道が開けたかも?
11日からの舞台「ノア美容室」に主演
 「劇団民藝」の舞台を中心に、映画やテレビでも活躍してきた女優の日色ともゑさん(81)。NHKの連続テレビ小説「旅路」のヒロインや、米テレビドラマ「大草原の小さな家」の母親の声での出演は、今も印象深い。そんな日色さんが、11日から紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYAで始まる舞台「ノア美容室」で、地方の美容室を営む主人公を演じる。「再開発で、生きがいだった美容室の立ち退きを迫られた彼女の姿を通して、70代半ばの女性の生きる喜びや、幸せとは何かをテーマに描いています」。民藝在籍61年になる日色さんが、名優・宇野重吉に師事し、演じることに打ち込んできた自らの半生を語った。

 「ノア美容室」は、京都で劇作を続けるナガイヒデミが劇団民藝のために書き下ろした3作目。ヒロインの櫟木(くぬぎ)緑は、瀬戸内の農村で地元の人が「パーマ屋」と呼ぶ美容室を長年、営んでいる。そんな村にも再開発の波が押し寄せ、高速道路の建設が始まった。高速道路の便利さや立ち退きに伴う補償金に心が揺れ動く村の人々—。息子の肇も緑に補償金をもらって立ち退くことを強く勧める。しかし、「美容室での隣人との会話が一番の楽しみ」という緑は、息子の勧めにも応じようとしない。そこに、幼なじみの“戦場のカメラマン”五郎が久しぶりに帰郷して…。

 日色さんは、こう話す。「緑は、先祖代々大事にしてきた土地を、国の事情で一方的に追い立てられる理不尽さに憤る、しんの強さを持った女性。伊予弁のセリフはちょっと骨が折れますけれど」。その後で「ここ10年ばかりは、年老いて、これからどうやって生きていくかという役が多いんです」とも。

劇団は“家族”
 「ノア美容室」の稽古が始まって、川崎市黒川にある劇団の稽古場に行くのを楽しみにしている。「セリフを覚えたり、役作りは非常に苦しいんですけれど」。緑にとっての美容室ではないが、劇団は日色さんの大切な場所。「子どもはいませんし、連れ合い(夫)も4年前にあっち(天国)の方に逝きました。姉弟や姪(めい)っ子はいるけど近くに住んでおらず、劇団が私にとっての家族なんです」

 日色さんは毎年、東京公演のほか地方公演で舞台を上演する劇団の主要俳優だが、「子どものころは学校でもおとなしく、人前に出るのは苦手だった」と言う。そんな彼女が、ある偶然から演劇の門をくぐることになる。

 「60年安保闘争」に揺れていた1960年6月。高校を卒業して入った芸能学校(1カ月で退校)の授業をサボって友人と街を歩いていたとき、有楽町交差点をデモ行進していた新劇の人たちに出会う。その中に映画やテレビでよく見ていた俳優の芦田伸介や滝沢修、千田是也らもいた。静かだが、しっかりと「安保反対」とシュプレヒコールしている彼らの姿に「なんてステキなんだろう」と感動した日色さん。急いで家に帰り新聞記者だった父に「新劇って何」と聞いた。そして、「あの人たちと同じ空気を吸いたい。俳優でも裏方でも、何でもいい」との思いから、募集中だった劇団民藝俳優教室1期生に応募、首尾よく30人の生徒の1人として入学できた。「いいタイミングで民藝と出合いました。それがなかったら今、私はここにいません」とあらためて、運命の不思議さをかみしめる。

宇野重吉の教え
 その俳優教室の校長が、日色さんが「わが師」と仰ぐことになる宇野重吉だった。“新劇御三家”の一つ、劇団民藝創設者の一人であり、演劇界の重鎮の宇野は、それまで俳優座養成所から受け入れてきた新人を自前で育てようと俳優教室を創設、生徒を募集したのだった。授業に出るようになってまもなく、「まだ、セリフはしゃべれないし、メーキャップの仕方も知らなかった」が、あれよ、あれよという間に舞台や映画、テレビに出演することに。入って2カ月で民藝の記念公演「火山灰地」の村娘と女学生の2役で初舞台を踏む。その後、劇団の映画社が製作した映画にも準主役で出演。そしてNHKの「旅路」のヒロインに抜てきされたのは、俳優教室に3年、研究生での2年を経て、晴れて劇団員になれたころだった。以来、「おんにょろ盛衰記」や「十二月」、最近では「送り火」、「泰山木の木の下で」、「忘れてもろうてよかとです」などの舞台に立つ一方、「夏の雲は忘れない」などの朗読劇に出演し、声優としても活躍。米テレビドラマ「大草原の小さな家」では、インガルス一家のやさしい母、キャロラインの声を8年間演じた。

 「宇野先生には、本当にたくさんのことを学ばせていただきました」と話す日色さんはときに、宇野から教えられた言葉を反すうする。最近、思い出すのは、1986(昭和61)年9月から87(同62)年10月まで「宇野重吉一座」で全国を旅回りしていたとき、宇野からいつも聞かれた「ちゃんと心を置いてきたか」という言葉。役者が、見に来てくれた町や村の人たちと交流して、地元の人と心をつなげるという意味だ。「以前は、芝居をやった土地に宿泊して、芝居を見た人たちと交流した後に次の土地に移った。それがだんだんと、当日乗り込んで翌朝には移動するようになった。『芝居の原点はそうじゃなかった』と宇野先生は嘆いていました」

観客との交流再開
 コロナ禍で舞台と客席が交流できない中、演じる日色さんらも客の反応が把握できずに困惑していたが、今作の「ノア美容室」から新型コロナウイルスの感染状況に注意しつつ、上演後の俳優と観客との交流会を再開する予定だ。「舞台と客席がひとつになることのすばらしさをこれからも追い求めていきたい」と日色さんは話す。


作者のナガイヒデミ(前列中央)を囲んで
「ノア美容室」
 11日(土・祝)〜19日(日)、紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA(JR新宿駅徒歩5分)で。全9公演。

 作:ナガイヒデミ、演出:中島裕一郎、出演:日色ともゑ、白石珠江、船坂博子、加來梨夏子、西川明、天津民生。

 一般6600円(夜チケットは4400円)。問い合わせは劇団民藝 Tel.044・987・7711

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