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  東京版 令和3年9月下旬号  
格差と分断、正面から描く  映画監督・瀬々敬久さん

「高校などの友人には勤め先を退職した人も多い。僕も、仕事ができるのはあと10年くらいかな、と思っています」と瀬々さん。海外にはクリント・イーストウッドのような90歳を過ぎて、今なお現役の監督もいるが、日本では70歳以上の映画監督はほとんどいないという。「10年以内には今、温めている企画の幾つかを映画にしたいと思っています」
映画「護られなかった者たちへ」10月公開
 東日本大震災から10年後の仙台で起きた無残な連続殺人事件。難航する捜査の中、一人の容疑者が浮かび上がる。その容疑者にはかけがえのない“家族のきずな”を守れなかったという過去が—。中山七里の小説を基に瀬々敬久(ぜぜ・たかひさ)監督(61)が映画化した「護られなかった者たちへ」が10月1日から公開される。未解決の少女誘拐殺人事件を描いた映画「64—ロクヨン—前編/後編」などで知られる瀬々さんは、「震災以降の日本で一番の問題となっている“格差と分断”を真正面から描くことができました」と話す。

 今回、映画「護られなかった者たちへ」の監督を引き受けるのに際し、「まず、このタイトルにひかれました」と話す瀬々さん。「今作は、東日本大震災を今も引きずって生きている人たちの話です。そういう意味では、昭和はまだ終わっていないと思っている人々の話だった『64—ロクヨン—』と通じるところがあります」

 捜査線上に浮かんだ男、利根は別の事件で服役し出所したばかり。刑事の笘篠は利根と被害者たちとの接点を見つけ出し彼を追い詰めていくが、決定的な確証がつかめないまま第3の事件が起きようとしていた。犯人はなぜ、このような殺し方をしたのか。そして、容疑者・利根の過去には何があったのか—。

 物語の核となるのは利根、高齢で一人暮らしの女性の遠島けい、それに震災で親を亡くした少女、カンちゃん。血のつながりのない3人は知り合ってから“家族”のような関係となる。

 瀬々さんは、3人が出会った場所を、原作にはない映画“オリジナル”で「避難所」に設定した。というのも、震災後ある避難所で目にした光景が、印象深いものだったからだ。

 震災が起こった年の8月、友人が撮影していたドキュメンタリー映画を手伝っていた瀬々さんが石巻(宮城県)の避難所で見たのは、ひたむきに生きようとする被災者の姿だった。避難所での生活というと、悲惨さばかりがイメージされがちだが、淡々と生活が営まれている光景を目にして「胸にぐっと迫るものがあった」と話す。津波で家が流され家族を失った人々が失意の中で懸命に生きる力強い姿。「そんな人々の生命力をこの映画の中で描けないかな、と思いました」

高校で自主映画 
 これまで遺品整理をテーマにした映画「アントキノイノチ」や、「ヘヴンズ ストーリー」など、現代社会の裏側に生きる人間を温かい目で描いてきた瀬々さん。そんな彼が映画の面白さを知ったのは小学生のときだった。「テレビでスティーブ・マックイーンの『大脱走』などを見て、映画が好きになりました。同じころ大林宣彦監督の自主製作映画時代の名作『EMOTION 伝説の午後 いつか見たドラキュラ』を見たとき、『素人が撮る映画もあるのか』と思った」と言う。

 瀬戸内海に突き出た国東半島の“根元”、大分県真玉町(現・豊後高田市)で生まれた瀬々さん。父が農業改良普及員という県職員の家庭で育った。県立高田高校のときに加入した物理部の部室にあったビデオカメラで自主映画を撮り始めたのが、監督への道に進むそもそもの始まりとなる。大阪で予備校に1年通い猛勉強して京都大学文学部に入学。映画の自主上映会を催すサークルに入った。そこは「自分たちの見たい映画を大学内で上映していました。僕はそのころ好きだった原將人監督の全作品上映とかをやりました」。同時に自主映画の製作も続け、85年に自らが監督となって16ミリ映画「ギャングよ 向こうは晴れているか」を撮影している。

 大学卒業後は映画監督の向井寛主宰の獅子プロダクションに所属した。「向井さんはピンク映画の巨匠、若松孝二さんと肩を並べるような存在でした。この人の下で数えきれないくらい映画を撮りました」。このころは瀬々さんにとっての青春時代。助監督などの仕事は苦労が多い割に生活は貧しかったが、「セーラー服と機関銃」で知られる相米慎二監督のように名を成すのを目標に仲間と一生懸命取り組んでいた。ただ、志半ばで辞めていった人も多かったという。「自分は運よく生き残ってしまった」と複雑な表情を見せつつも、「映画『菊とギロチン』(2018年公開)で一般から出資を募ったときに辞めていった先輩や同僚たちが出資してくれたんですよ」とうれしそうに話す。

「生々しさ」大事に
 劇場映画から、ドキュメンタリー、テレビドラマなどさまざまな作品を発表している瀬々さんが映画を撮る際、大切にしているのが“生々しさ”。「フィクションであっても、俳優の感情表現や場所などがドキュメンタリーに近い感じになるよう“生々しさ”を大事にしています」。その緊迫感を漂わせた独特の映像は、脚本作りから始まる。今作では、震災で被災した地域の経済格差や、今も震災に影響され続けている人々を描いて、“格差と分断”の問題を扱っている。中でも、生活が困窮した遠島けいが生活保護を申請するも、それを自ら取り下げるくだりについてはドラマとしてのリアリティーを高めるため、生活保護を支給する側、それを受給する側どちらか一方の目線に偏らないようリサーチを重ねた。その上で瀬々さんはこう話す。「劇中、日本はすごく福祉が遅れているというセリフがあるんですが、問題は、社会福祉制度の矛盾を抱えながら福祉事務所の担当者が仕事をしているところだと思うんです。仕組みがそうなっているからこそ“悲劇”が生まれるわけです」

 震災の影響を引きずり、インフラや人々の生活などが「まだまだ復興途上だな」と感じる被災地と、東京など東日本大震災が起こったことなど忘れたかのように人々が生活している地域。そう捉えた日本の現状は“分断”しているとも映る。瀬々さんは今のコロナ禍の社会でも、飲食店をめぐる矛盾などで同じことが起きていると言う。「東日本大震災と新型コロナウイルスという違いはあれ、社会には同じような“格差と分断”が生じている。この映画が今、上映される意味はそこにあると思っています」


©2021 映画「護られなかった者たちへ」製作委員会
「護られなかった者たちへ」
 監督:瀬々敬久、脚本:林民夫、瀬々敬久、出演:佐藤健、阿部寛、清原果耶、吉岡秀隆、倍賞美津子、林遣都、永山瑛太、緒形直人ほか。134分。日本映画。

 10月1日(金)から、新宿ピカデリー(Tel.050・6861・3011)ほかで全国公開。

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