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桜木さんの出身地・釧路市は、一時期より華やかさが失われたといわれるが、「バスの窓から見える湿原も、街中の生活感あふれる景色も、何も変わっていません。釧路は美しい年の取り方をしている街だと思います」と話す。「ホテルローヤル」も、その続編的小説で老老介護の問題を扱っている近著「家族じまい」も、舞台は北海道。現在、江別市に住み、「これからも北海道を離れるつもりはありません」 |
直木賞受賞作「ホテルローヤル」が映画化
累計発行部数が100万部を超えている、作家の桜木紫乃さん(55)の直木賞受賞作「ホテルローヤル」が映画化され、全国公開中だ。桜木さんの実家の家業だったラブホテルをモデルに、そこに集まってくる人々や、ホテルを経営する家族を描いた映画「ホテルローヤル」。同作を見た桜木さんは、「武(正晴)監督は映画化する際に、小説を書いた作者(桜木紫乃)を想定して映画を作ったんじゃないかな」と感じた部分があったという。「(映画の中で)自分の内面がのぞかれたような、『あっ、悔しい』って思う一瞬がありました」
桜木さんの小説が映画化されたのは「起終点駅 ターミナル」(2015年)に続き今度で2作目。小説と映画は“別物”で「原作は映画を作るときのきっかけでいい」と考える桜木さん。原作者として武監督には「どうぞ、お好きに作ってください」とだけ伝えたという。
物語の舞台は、北海道の釧路湿原を望む高台に立つ「ホテルローヤル」。美大の受験に失敗した雅代は、家業のラブホテルを手伝うことになる。そこには“非日常”を求めて、さまざまな人たちが訪れる。
子育てと親の介護に追われる中年夫婦、妻に裏切られた高校教師と行き場を失った教え子の女子高生、雑誌への投稿写真を撮影するカップル…。そんな中、ホテルの一室で心中事件が起こる。マスコミへの対応で倒れた父・大吉に代わり責任者となった雅代は嫌でもホテルと、自分の人生に向き合っていくことになる—。
桜木さんは同作を見終わってから、「(映画の)雅代と自分との決定的な違いは何だろうと考えた」と言う。それは、雅代が父に「(ホテルの仕事に自分を)巻き込まないでよ」と抗議するシーン。それを見て、桜木さんは「もし映画のような親子関係だったら、自分はあのホテルを継いでいたんじゃないかな」と感じた。実際は、父に反抗できず黙って家業を手伝っていたという自分の内面が、武監督に“のぞかれた”気がしたという。
ホテルで「掃除」
桜木さんは1965年、北海道釧路市に生まれている。中学生のときに同じ釧路市出身の作家、原田康子の「挽歌」を読んで「自分が住んでいる町が小説の舞台になるなんて。小説ってなんて面白いんだろう」と思い、小説を読み始めた。そんな桜木さんの生活は、理髪店を営んでいた父が「ホテルローヤル」を開業したために、一変する。15歳から高校を卒業するまで「人手が足りないときは何かにつけて手伝わされていました。特に、夏休みや冬休みは家から一歩も出ずにホテル内を掃除していましたね」。
そんな生活から解放されたのは高校卒業後、裁判所でタイピストの仕事に携わるようになってから。24歳で結婚し実家を出た桜木さんは“専業主婦”に。そして、30歳を過ぎて子どもの世話が一段落したころたまたま読んだのが、作家、花村萬月の芥川賞受賞のインタビュー記事だった。「10年たてば何かになっているだろうと思って小説を書き始めた」と花村が話す記事を読んだ桜木さんは「ああ、10年か…。10年たっても私は40歳過ぎだし、自分にはたっぷり時間があるな」と気付いたという。
「10年後に何か書ける人になっていたらいいな」という思いから、原田康子も所属していた同人誌「北海文学」の同人に—。自分が書いた詩や散文を同誌の仲間に見てもらっていたら、ある同人から「あなたが書いているのは詩ではなく小説。小説を書きなさい」と勧められる。
それを機に小説を書き始め、「一生懸命に小説を書く」という毎日が始まる。そんな生活からほぼ10年後に「氷平線」(07年)で単行本デビューを飾ることができた。
最新作でも栄誉
それから現在まで桜木さんは毎年、数多くの短編や長編を精力的に文芸誌に発表し、単行本を出している。これまで、13年「ラブレス」で第19回島清恋愛文学賞、同年「ホテルローヤル」で第149回直木賞、20年「家族じまい」で第15回中央公論文芸賞など各賞を受賞し、桜木さんの作品は作家や批評家から高い評価を得ている。中でも「ホテルローヤル」は10年前の45歳当時から2年間にわたって断続的に、文芸誌に発表した7本の連作からなる小説で、桜木さんの評価を決定づけた作品ともいえる。
今回、映画化された「ホテルローヤル」を見て桜木さんは、家業の手伝いをしていた当時のことを思い出したという。「父が大きな借金をして建てたホテルは開業当初から経営が厳しく、開業後に2度不渡り手形を出したこともありました」。借金を返すために家族が一丸となって働いた場所でもあった同ホテル。すでに廃業し、建物は取り壊されているが、「今思えば、人を雇って商売していたというよりも、家族全員が“建物”に使われていたような気がします」。 |
©桜木紫乃/集英社 ©2020映画「ホテルローヤル」製作委員会 |
「ホテルローヤル」 日本映画
監督:武正晴、脚本:清水友佳子、出演:波瑠、松山ケンイチ、余貴美子、友近、夏川結衣、安田顕ほか。104分。
TOHOシネマズ日比谷(Tel.050・6868・5068)ほかで全国公開中。 |
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