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  東京版 令和2年11月上旬号  
芥川賞受賞作「おらおらでひとりいぐも」が映画化  作家・若竹千佐子さん

若竹さんは「おらおらでひとりいぐも」に、「私の正直な気持ちをそのまま込めた。読者の反響は意識してなかったし、まして芥川賞なんて、狙うどころか、全く頭にありませんでした」と話す。「『自分が書きたいもの』は、『声に出して読みたくなるような“語り口”のいい作品』との気付きは、執筆の後のことでした」
63歳で作家デビュー、夢かなえる
 東北弁の語り口と標準語の地の文—。その交錯が独特のリズムを生む小説「おらおらでひとりいぐも」は、63歳で作家となった若竹千佐子さん(66)のデビュー作だ。“おばあさんの脳内討論”を通して、「孤独の先にある自由」を描き、芥川賞を受賞。「これは私の物語だ!」という反響を巻き起こしたベストセラーとして映画化され、6日から全国公開される。「おばあさんの“心の中の宇宙”を見事に映像にしていただいた」と言う若竹さんは、自身の意欲も語る。「読んでいるうちに、あたかも音が聞こえてくるような…、そんな作品をこれからも創っていきたいです」

 《どうすっぺえ、この先ひとりで、何如(なんじょ)にすべがぁ》

 主人公「桃子さん」の心の声と、若竹さんの心の声は響き合う。「昔話の里」として名高い岩手県遠野市に生まれ育った若竹さんは、故郷を離れて35年以上たつ今も、「(私にとって)岩手の方言は、借りものでない言葉」と実感する。55歳のとき、2歳年上の夫を急病で亡くした衝撃は、今も脳裏に鮮明だ。「笑顔で出掛けたその日に…」。「体をひきちぎられるような悲しみがあると、初めて知った」と回想する。

 見かねた長男に小説講座の受講を勧められた。「四十九日を過ぎ、すぐ都内の教室に通い始めた。そうしなかったら私、駄目になっていたかもしれません」

「図書室に私の本を」
 小学生のとき、図書室で「いつか、ここに一冊でもいいから自分の本があれば…」と夢見ていた若竹さん。岩手大学教育学部を卒業後、地元で臨時教員として働いたが、結婚を機に退職した。30歳のとき、夫の仕事の関係で神奈川県相模原市へ。2年ほどで千葉県木更津市に移り、長男と長女を育て上げた。「家族には『小説家志望』と公言していたけれど、夫の死がなければ、今も普通の主婦のままだったかもしれません」

 夫の居ない家で、孤独と向き合った。「じっくり考えを深める時間を持てました」。8年間通った小説講座では、文芸雑誌「海燕」の編集長だった根本昌夫の指導を受けた。「小説は哲学。思考の移りゆきを書いてください」。その教えは、「小説は感情の移りゆきを書くものという私の思い込みを変えてくれた」と言う。死別から時間がたつうち、「少しずつ自分の心を客観視できるようにもなって…、そんな体験を母体にして生まれたのが『桃子さん』でした」。

 《どごさ、逝(い)った、おらを残して…、かえせじゃあ、もどせじゃあ》

 70代半ばの「桃子さん」は、夫を亡くして15年たった今も時折、抑えようのない悲しみに襲われる。半面、頭の中には「孤独の先に見いだした圧倒的な自由」を喜ぶ声も…。

 《でいじなのは愛よりも自由だ、自立だ》

 《おらは独りで生きてみたがったのす。…なんと業の深いおらだったか》

 若竹さんは、こう続ける。「考えを巡らせているうち、『頭の中には相矛盾するものがあって、それらの合議制で人生を歩んでいくのかも』と…。その気付きを小説に投影させました」。題名の「おらおらでひとりいぐも」は、若竹さんと同じ岩手県出身の宮沢賢治が妹の死を悼んだ詩「永訣の朝」の一節「Ora Orade Shitori egumo」とほぼ同じだ。詩は「ひとり行く(逝く)」の意だが、若竹さんの思いは「おらはひとりで生きていっても大丈夫だ」。

「芥川賞も取れる」
 2年間かけて書き上げ、17年度の第54回文藝賞に応募。原稿を読んだ根本から、メールが来た。「芥川賞も取れる。ベストセラーになるぞ」。史上最年長の文藝賞受賞に続き、18年には第158回芥川賞受賞作に。同世代の女性を中心に共感は広がり、60万部を超すベストセラーとなった。映画化の話も舞い込み、「まだ、夢を見ているような感じです」。

 映画では、「桃子さん」の寂しさが擬人化され“別人格の3人”となり、“本体”も交え、にぎやかな会話を繰り広げる。太古からの時の流れを想起させるCGも織り込まれた映像に、若竹さんは目を見張る。「平凡なおばあさんの心の中に、無限の広がりがある—。私が文字で表現しようとしたものをうまく視覚化してくださった」

「第2作執筆中」
 若竹さんは文藝賞、芥川賞の「ダブル受賞」後、老いの豊かさを表す“玄冬小説”の書き手として脚光を浴びながら、「うれしいんだけど…、気が抜けてしまった感じもあった」と明かす。「(小説の完成という)数十年来の目標がなくなったら、まあ、寂しくて、寂しくて…。去年は体調まで崩してしまいました」。だが、「今また、『分かったことを面白く書きたい』という欲求が抑えられなくなってきた」と笑みを見せる。10月発売の季刊文芸誌「文藝」冬季号(河出書房新社)で、2作目となる小説「かっかどるどるどぅ」の連載を開始。「前とは違う視点で、文体も少し変えた。結末はまだ、私にも分かりません(笑)」。体調がすっかり回復した今は、「『私、やっぱりまだまだいけるじゃん』という感じ」と快活だ。「書いているときは、『本当に出来上がるんだべか?』と不安になる。でも、ペンを置いて『やったー』と叫ぶ快感を、私はまた味わいたいの」


©2020「おらおらでひとりいぐも」製作委員会
「おらおらでひとりいぐも」 日本映画
 1964年、東京五輪のファンファーレに押し出されるように故郷を飛び出し、上京した桃子さん。結婚し、子どもを育て、夫2人との平穏な日常になると思っていた矢先…、突然夫に先立たれ、独りの日々を送ることになってしまう。ところが上京から55年後のある日、幾つもの“声”が、音楽に乗って心の内側から湧き上がってきて…。

 原作:若竹千佐子「おらおらでひとりいぐも」(河出文庫)、監督・脚本:沖田修一、出演:田中裕子、蒼井優、東出昌大、濱田岳、青木崇高、宮藤官九郎ほか。日本映画。138分。

 6日(金)から、TOHOシネマズ日本橋(Tel.050・6868・5060)ほかで全国公開。

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