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  東京版 令和2年6月上旬号  
知りたい欲求は増殖する  作家・小田光雄さん

静岡県浜松市の古書店「時代舎」の店内に立つ小田さん。「この店は(JR)東海道本線沿いでは一番の古本屋さん。(同県磐田市の)自宅から近いので、よく訪ねている」と話す。新型コロナウイルス感染拡大のあおりで来店者数は減っているというが、「なじみ客」がまとめ買いをしていく姿も。「僕もここで書棚を見ていると、時間を忘れた末に…、欲しくなって買ってしまう(笑)」
エッセー集「古本屋散策」で「Bunkamuraドゥマゴ賞」受賞
 古書を通して「出版」の全体像を読み解く—。“読み書きの職人”を自任する小田光雄さん(69)の著書「古本屋散策」は、膨大な読書の蓄積を糧にしたエッセー集だ。中小出版社や無名の出版人に着眼するなど、「裾野からの目線でないと、全体は見えてこない」と明言する。同書の「Bunkamuraドゥマゴ文学賞」受賞は、「想像もしてなかった(笑)」。栄誉や部数ではなく、「知りたいという欲求に動かされてきた」と言う。「一つのことを知ると、そのつながりから新たな興味が生まれ、そして増殖する。本の世界の謎というか奥深さは、基本的にそういうことだと思うんです」

 「古本屋さんを応援したい」。小田さんは昨夏発行の単行本「古本屋散策」に、こんな願いを託している。収録したエッセーは、月刊誌「日本古書通信」に、2002年4月号から毎号載せた200編。連載は今も継続中だが、「(連載開始から)16年以上もたったし、切りのいいところで形にしたいと考えた」と、18年11月号までの作品を集成した。自身の“原点”をこう語る。「知ることの喜びを僕に教えてくれたのは、学生時代に通い詰めた数え切れないほどの古本屋さん」

 その古書業界は、新型コロナウイルス感染拡大のため業界内の市場流通がストップするなど、深刻な事態に陥っている。「そんな中、少しでも多くの人が(古書店に)目を向けるきっかけとなれば…」

ビジネスの視点
 静岡県磐田市に生まれた小田さんは早稲田大学を卒業後、3年ほどの書店勤務を経て、故郷で出版社を設立。「今は書く方にほぼ専念」と話すが、「出版資金を得るため、ほかのビジネスも本気でやった。その一つが郊外に展開する倉庫プロジェクト」と振り返る。著述の柱は「郊外消費社会論」と「出版状況論」。どちらも自身のビジネス体験に基づくだけに、「机上の空論ではない。双方の視座は互いの論考にプラスに働いている」と自負を語る。出版業界に衝撃を与えた「出版社と書店はいかにして消えていくか」(99年発行、08年に増補新版で復刊)をはじめ、「出版不況の核心」を突いた著作も。その一方、フランスの小説家エミール・ゾラの作品の翻訳を数多く手掛けるなど、ペンは特定の分野にとどまらない。苦笑を交え、「名前(光雄)とは逆に、光の当たらないところばかりを歩んできた」。これまで文学賞とは縁がなかったこともあり、「第29回Bunkamuraドゥマゴ文学賞」受賞の知らせには、「喜ぶような年齢でもないし…、版元が喜ぶなら受けておこうかと…」と、照れたような笑みを見せる。


「古本屋散策」 小田光雄著

【小田光雄「出版・読書メモランダム」】
https://odamitsuo.hatenablog.com/
手を替え品を替え
 受賞作となった「古本屋散策」は、「出版業界全体を俯瞰(ふかん)することなく、逆に近代出版史、文学史のはざまに埋もれた部分を、下からの目線で照射した」。冒頭で「出版社・取次(流通業者)・書店」という日本特有の出版流通システムに言及し、「古書業界は、そこからこぼれ落ちた大量の書物群を救い上げる補完装置の役割を果たしてきた」と指摘する。その前提の下、自身の読書史・集書史を絡めながら、「作家や作品だけでなく、マイナーな出版社や編集者、その周辺をめぐる問題を、手を替え品を替え書いている」。柳田国男、小林秀雄、バルザック、フロイト…、そして「週刊アサヒ芸能」「話の特集」…。題材は実に多岐にわたる。毎年、1人の選考委員が受賞作を選ぶ「ドゥマゴ文学賞」の第29回選考委員を務めたフランス文学者・作家の鹿島茂は、「古本屋散策」を推した理由をこう語る。「古本に含まれたあらゆる情報を量的に蓄積することで、出版不況なのに新刊は増えるという、日本の出版・流通文化の『無意識』を見事に分析してみせた」

 受賞を受け、小田さんの個人ブログ「出版・読書メモランダム」で連載する「古本夜話」の単行本化も決まり、「近代出版史探索」「近代出版史探索Ⅱ」(論創社)の書名で相次ぎ発行された。今年中に“Ⅲ”と“Ⅳ”“Ⅴ”も刊行予定。「少年時代の夢は『売れない物書き』。その夢が実現して覚めないまま年を重ねてきた」と冗談めかし、こう続けた。「受賞の喜びは『おかげで新刊が何冊も出せる』ということに尽きる。読者が新しい愛読書と出合うきっかけをまた提供することができる」

コロナの影響注視
 新刊書店、図書館をそれぞれ主題にした著書もある小田さんは、本に精通した店主の居る古書店への愛情を語る。「新刊書店にはない『時間の幅の広さ』がある。それから、知の堆積の厚みだね。チェーン展開する“古本ショップ”は、それとは別物」。組織のしがらみにとらわれず出版業に携わってきたからこそ、「出版業界の全体像が見える」と話す。「安さ(cheapness)」「利便性(convenience)」、「快適さ(comfort)」を「世俗的理想の3C」と言い表し、「その“理想”が曲がりなりにも実現した今、読書を取り巻く環境は厳しいなんてもんじゃない」。新型コロナウイルスの感染拡大に関しては、「既に体力をなくしている、日本の出版流通システムに大変な影響を及ぼしていく」と指摘する。それでも、自身の前向きな姿勢は揺るぎない。「僕は果てのない“本の森”に分け入った人間として、知りたいという欲求に導かれ、さらに奥へと進んでいきます」

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