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  東京版 令和元年9月上旬号  
「確固とした死生観を持つことが必要」”  俳優・榎木孝明さん

榎木さんは役者として活躍する一方、旅先で触れた世界を水彩画などで描き続ける画家としても知られる。撮影場所は代々木上原駅すぐの画廊アートスペース・クオーレ。月ごとにテーマを変えて、榎木さんのアート作品が展示されている。土曜・日曜・祝日休廊。Tel.03・3460・8100
 2025年、国民の4人に1人が後期高齢者の超高齢社会が到来するといわれ、日本はこれから多くの死と向き合わざるを得ない世の中となる。そんな現代に誕生した職業が、「看(み)取り士」だ。死にゆく人の尊厳を最大限尊重し、「命のバトン」を受け継ぐ遺族に寄り添う—。そんな看取り士を描く映画「みとりし」が13日から上映される。来るべき “多死社会”を控え、「確固とした死生観を持つことが必要」と語るのは主演の榎木孝明さん(63)。「自分も還暦を過ぎ、演技の上でも、人生の上でも『看取る側』『看取られる側』の双方の視点を持つことが大事だと感じました。 “死”と向き合うことで “生”を描いたこの映画が多くの人に見てもらえればうれしいですね」

“看取り”を描いた映画「みとりし」に主演
 看取り士とは、住み慣れた自宅や本人が希望する場所で、自然で幸せな最期を迎えられるよう、“旅立つ人”の心に寄り添い、かつ故人の思いや愛を遺族に受け渡し、納棺前まで親身になって支える“看取り”のスペシャリスト。約10年前に日本看取り士会会長・柴田久美子氏により創設。構成員には介護または医療の資格を併せ持つ人も多い。

 榎木さんが演じるのは、若き女性の新任看取り士を導くベテラン看取り士。病院の終末医療を断り、自宅での最期を希望する患者を末期まで介護し、時には悩み、遺族との軋轢(あつれき)に苦しむ新人を優しくサポートする。映画では、孤独死、相続問題なども交えながら、死を通して現代社会に生きるさまざまな家族像が描かれる。実は同映画は、柴田会長と出会い意気投合した榎木さんがプロデューサーを紹介したことから製作がスタートしたという。「現在の日本は、経済的には発展しました。ただ、生と死が身近にあった昔と違い、死を病院に封じ込め日常から遠ざけてしてしまった観があります。その精神性はどうなのでしょう…」と榎木さん。そんな死生観が欠如した現代のありようを考え直す入り口にもなる映画だと話す。「死ぬことを大げさにとらえず身近に感じることで、逆に今をどう生きるかを皆考えるのではないでしょうか」

 榎木さんは1956年、鹿児島県に生まれている。現在は示現流などの古武術を修め、還暦を過ぎてもはつらつとしている榎木さんだが、実は中学時代に剣道を習い始めたときは稽古が厳しく半年で逃げ出したと苦笑する。

芝居で “新しい自分”
 「20歳を過ぎてから“薩摩人”としてのアイデンティティーを求め、示現流を習い始めました。自ら興味を持ち楽しいと思わなければ長続きしませんね」

 地元の高校卒業後は、東京の美術大学に進学。美術教師かデザイナーになろうと考えていたという。だが、上京し誰も自分を知らない環境で「新しい自分と出会いたい」との思いに駆られ、演劇に挑戦するとたちまち熱中。やがて、勉学と演劇の二兎(と)は追えぬと大学を中退。本格的に演劇の道に進む。「母親には泣かれましたが、当時は“根拠のない自信”にあふれていましたね(笑)。今、親の立場となり息子も同じような“症状”にかかり閉口しています。若さとはそういうものなのでしょう」

 フランス古典劇などに憧れ劇団四季の研究生となったが、当時同劇団はミュージカル路線へかじを切る端境期。思ってもいなかった歌や踊りに挑戦することになる。「タイツ履くのが恥ずかしくて嫌で嫌で(笑)。でも、今思えば厳しいレッスンで役者としての体を鍛えていただきました」

“去り際”を潔く
 同劇団を退団後、オーディションを経てNHK朝の連続テレビ小説「ロマンス」(84年)の主役に抜擢(てき)されると、翌年には同じNHK水曜時代劇「真田太平記」に出演し、時代劇に進出。90年の角川映画「天と地と」では、上杉謙信役を好演し評判を呼んだ。また、30代前半から演じた内田康夫原作ミステリーシリーズの浅見光彦役(映画、フジテレビ版)は、原作者にも「新作を書こうとすると榎木さんの顔が浮かぶ」と言わせるほどのハマリ役となった。

 だが、榎木さんは「去り際の潔さを大事にしたい」と、10年余りで浅見役を卒業。後進に譲った。「原作者にそうまで言ってもらい役者みょうりに尽き、満足したのかもしれません」

 ただし、「役者は一生続けたい」と榎木さん。「もうこの年になり、老醜をさらけ出すことに抵抗はありません」。榎木さんにとって芝居とはかつての原点と同じ、「今でも新しい自分と出会える、人生最大のわくわくできる場所です」とニコリ。

「生と死は表裏一体」
 また、榎木さんは時代劇復興を掲げていることでも知られている。「私が理想としているのは黒澤明監督の時代劇です。『生と死は表裏一体』—、当時の日本にあった死生観が根っこにあったからこそ、世界に誇れる作品群がつくり出されたのだと思います。そのためにも私なりに、かつての死生観の再生に尽力することができればと思っています」。それは看取り士の役割とも通じると榎木さん。「死と向き合い、暗く悲しいイメージを払拭(ふっしょく)し、安らかな死生観を育むことこそ現代人のテーマなのではないでしょうか」


©2019「みとりし」製作委員会
「みとりし」 日本映画
 同僚の死を軽んじる上司に嫌気がさし会社を辞め、地方で看取り士として第二の人生を歩んでいる柴久生。そこへ23歳の高村みのりが新任看取り士として赴任。みのりは柴や地域の診療所の医師たちと連携しながら、さまざまな死と向き合う—。

 監督・脚本:白羽弥仁、原案:柴田久美子、出演:榎木孝明、村上穂乃佳、斉藤暁、つみきみほ、宇梶剛士ほか。110分。

 13日(金)より有楽町スバル座(Tel.03・3212・2826)ほかで全国順次公開。

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