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日本の深部を映画で“掘る” 映画「作兵衛さんと日本を掘る」監督・熊谷博子さん |
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東京都内の自宅で石炭を手にする熊谷さん。「初めは炭田・炭鉱の知識などなく、『教えてください!』という姿勢でした」と笑みを見せる。「取材を進めるうち、この問題の奥深さ、根深さが見えてきて、『今のうちに記録に残さないと…』『決して過去の問題ではない』という思いが強くなりました」 |
主題は世界記憶遺産の「炭鉱記録画」
日本の深部を映画で掘る—。一人の“炭坑絵師”が描いた記録画とその背後にあるものを見つめたドキュメンタリー作品「作兵衛さんと日本を掘る」が25日から公開される。「作兵衛さん」は明治〜昭和初期、筑豊炭田で働いた「生粋の炭坑夫」。その絵と日記は、日本で初めてユネスコの世界記憶遺産に登録された。6年かけて映画を完成させた熊谷博子さん(68)は、戦争や原爆、原発といった社会問題を追い続ける映像ジャーナリスト。「作兵衛さん」と自身の思いを重ね合わせる。「日本は底の方では、ずっと変わっていないのでは…」
《けっきょく、変わったのはほんの表面だけであって…》
7歳のころから坑内に入った山本作兵衛(1892〜1984)はその晩年、自らの感慨を書き留めている。東日本大震災の後、原発事故による避難地域も歩く熊谷さんは、こう感じる。「作兵衛さんが描いたのは、明治・大正・昭和初期の炭鉱だけど、そこには“今”が描かれている」。1976年までに全ての炭鉱が閉山した筑豊地方(福岡県)では、炭鉱労働者の多くが原発労働者となっていった。「炭鉱と原発、二つのエネルギー産業は、日本の深部に至る坑道のようにも思えます」
杉並区に生まれた熊谷さんは大学卒業後、番組制作会社のディレクターになり、戦争や麻薬などの社会問題に切り込んだテレビドキュメンタリーを手掛けている。
85年からはフリーの映像ジャーナリストとして、戦時下のアフガニスタンで撮った記録映画などを発表。40歳で出産後は「深刻な育児ノイローゼに陥った」と苦笑しながらも、「右手にカメラ、左手にこども」をモットーに取材活動を継続した。人に優しいまちづくりを紹介した「ふれあうまち 向島・オッテンゼン物語」(95年)は、「育児をきっかけに身近な問題にも関心が向くようになったからこそ、できた作品です」。
“負の遺産”
炭田・炭鉱との出合いは98年。その前年に閉山した九州の三池炭鉱は、地元では「忘れてしまいたい“負の遺産”」ともいわれていた。「そこで必死に生きて、この国と私たちの生活を支えた人たちの歴史を葬り去っていいはずがない」。05年公開の「三池〜終わらない炭鉱(やま)の物語」は、三池闘争や炭じん爆発事故、CO裁判の実相に迫った労作と、世代を超えた反響を呼んだ。
取材を通して、「すてきな人たちと次々に出会えた」と言う熊谷さんは、作兵衛の絵にも魅せられてきた。作兵衛が「ヤマ(炭鉱)の生活や作業、人情を絵に残そう」と絵筆を執り始めたのは60代半ば。「絵には細部に至るまで純粋な愛情が込められています」
カメラで “抱く”
作兵衛の絵と日記697点が世界記憶遺産に登録されたのは、原発事故から2カ月半後の11年5月。翌年から「作兵衛さん」を軸に取材を始め、その水彩画や墨絵にカメラを向けた。低く狭い坑道の中でツルハシを振るう男と、上半身裸で石炭を運び出す女…。「男はたくましく、女は艶っぽい。息遣いまで聞こえてくるようでした」。並行して作兵衛の子や孫、ゆかりの人たちの証言を集めた。撮影に応じた後、105歳で死去した“元女抗夫”のたたずまいも熊谷さんの胸を打った。「貧しさの中で子どもを次々に亡くしながらも、地の底の労働を生き抜いた誇りが伝わってきて…、『作兵衛さんの絵の中の人がここに居る』と感激した」
孫の一人の「ずっと(出身を)筑豊と言わず、濁してきた」との言葉には、「最底辺の労働」と差別された側の痛みを感じた。「カメラで相手を抱き締める」。「三池〜終わらない炭鉱(やま)の物語」などで行動を共にした映画カメラマン・大津幸四郎(故人)の言葉を胸に刻む。「その上で今度も、声を発することもなくこの世を去った無数の人たちに思いをはせながら作りました」
炭鉱と原発
同作の取材で熊谷さんは、常磐炭田があった福島県いわき市も訪ねている。1960年代以降、炭鉱の衰退と軌を一にして、原発建設は加速した。原発事故後の「過労死」の報などに接するたび、「炭鉱と原発が重なって見える」。今も筑豊や三池を撮り、いわき市の北にある原発事故の避難地域などに足を運ぶ。「作兵衛さんは“消し去ってはいけないもの”として、絵で民衆の歴史を残した。私は映像と音声で残していく」。自身に言い聞かせるようにこう続けた。「それが、より良い未来へと向かう坑道を掘る仕事となればうれしいです」 |
「作兵衛さんと日本を掘る」 日本映画
監督:熊谷博子、出演:井上冨美、井上忠俊、緒方惠美、菊畑茂久馬、森崎和江、上野朱、橋上カヤノほか。111分。日本映画。
25日(土)からポレポレ東中野(Tel.03・3371・0088)ほかで全国順次上映。 |
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