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  東京版 平成31年4月下旬号  
 「感謝の心込めて歌いたい」  カントリー歌手・寺本圭一さん

「僕はずっとカントリーの素晴らしさを紹介するため、本場アメリカの歌を歌ってきました。若いころはメロディーに、年を重ねた今は、ステレオタイプではない、等身大のアメリカ男の繊細さをすくいとった歌詞にとても魅力を感じています」。もともとの歌詞の意味を損ねるかもと日本語訳で歌うことは少なかったというが、「それが原因で日本にカントリーが根付かなかったかもと思うと、少し後悔です」
5月に「85年の集大成コンサート」開催
 勃興期からの日本のカントリー・ミュージックのスター寺本圭一さん(85)。かつてともにステージに立った仲間たちが芸能界の大物として裏方に回り、または鬼籍に入る中、「生涯カントリー・ミュージック一筋」を貫き、今もステージに立つ。5月には、自身85年の人生の集大成としてのコンサートを開催する。「年齢的に大きな会場でのコンサートは今回が最後でしょう。今の自分があるのは、支えてくれるスタッフ、迷惑をかけた家族、そして一緒に青春を駆け抜けた仲間やファンの人たちのおかげ。当日はその全てに感謝をささげて歌おうと思います」

 今は亡き平尾昌晃やかまやつひろし、当時プレーヤーだった芸能事務所ホリプロの創業者・堀威夫など、多士済々のミュージック・シーンの中で、ひときわ輝いていた寺本さん。当日のコンサートでは、カントリー・ミュージックの次世代を担う若手や、同世代の仲間も駆けつけるという。「85歳で現役として歌う自分を見てほしいです。そして寺本圭一の集大成として、ファンの皆さんと青春時代に帰れるような、当時一緒に口ずさんだ曲を中心に歌おうと思います」

 寺本さんは1933年、不動貯金銀行(現・りそな銀行)創業家の嫡男として誕生。家庭は裕福で、両親は当時珍しかった世界旅行も楽しんだ。幼く同行できなかった寺本さんには、お土産としてカウボーイ衣装一式をプレゼントしてくれたという。「これが後に、アメリカや、カントリー・ミュージックに傾倒する第一歩でしたね」

流行追わず「好き」追求
 その後、そのアメリカと日本が戦争。寺本さんも疎開を繰り返した。個人としてはアメリカへの憧れは揺らがなかったというが、「原水爆だけはどうしても許せません」。

 戦後、進駐軍がラジオ局を開局すると、そこから流れるカントリー・ミュージックに引き込まれていく。メロディーが分かりやすく、初めて聴いたはずなのに“懐かしさ”を感じたという。「聴くだけでは物足りなくなり、当時日本で生産されていなかったギターを、四方八方手を尽くして手に入れました」

 高校時代には音楽仲間と米軍のバーやキャンプに顔を出すようになり、やがて当時カントリー・ミュージックの第一人者だった黒田美治(びじ)率いる「チャック・ワゴンボーイズ」に加入。歌手としての第一歩を踏む。

 寺本さんはギターも歌もほぼ自己流。ラジオからカントリーの新曲が流れると、英語の歌詞を書き取り、曲を耳で聴くだけで必死にコピー。翌日にはその曲をステージで披露したとの逸話も持つ。“音楽職人”として多くのバンドから声が掛かり、多忙で濃密な青春を過ごした。「今考えてもすごい集中力でした。僕の追っかけをしてくれていた、当時女学生の大宅映子さん(評論家)と一緒にラジオを聴き、英語の歌詞を懸命に覚えていました。『好きこそものの上手なれ』です」

米国で功労者表彰
 そして1957年、23歳で堀威夫らとともに「スイング・ウエスト」を結成すると、当時音楽ファンに絶大な権威を持っていた雑誌「ミュージック・ライフ」の人気投票で、晴れて日本一のカントリーバンドに。さらに翌年から始まった「日劇ウエスタンカーニバル」にも出演。若者らの熱狂に支えられ、平尾昌晃ら「ロカビリー3人男」とともにスターダムにのしあがる。

 しかし同年、寺本さんは人気絶頂のさなかバンドを退団する。当時在籍していた大学の卒業のためだった。「今みたいにバンドミュージシャンが職業として確立していなかった時代。大学中退なんて考えもしませんでした」

 大学卒業後は芸能事務所に属し、「寺本圭一&カントリージェントルメン」を結成。歌手のほか歌番組の司会としても活躍。以後、音楽の流行はカントリー・ミュージックからロカビリー、ロック、グループサウンズ、フォーク、ポップスと目まぐるしく変わったが、寺本さんはただただカントリー・ミュージックを歌い続けた。「“売れたい”とか“目立ちたい”という気持ちは全くありませんし、自分の信条は『好きなことだけして生きる』ですから(笑)」。1991年には、本場アメリカのCMA(カントリー・ミュージック・アソシエーション)に招かれ、日本にカントリー・ミュージックを普及させた功労者として表彰もされている。

「カントリーは人生」
 昔から病気知らずだったという寺本さんだが、2007年、74歳で突然脳梗塞に襲われ入院。生死の境をさまよう大病だったが、「頭の中でカントリーの歌詞を思い起こすとすらすら出てくる。『俺は大丈夫!』と確信しました」とニコリ。半身まひは残ったがそれも必死のリハビリで克服した。さらに15年にはくも膜下出血を発症するも、車いすでステージに立った後に手術を受けた。「カントリーは人生です。仕事なら辞めることはできますが、人生なので辞めることができません(笑)」

 寺本さんは、歌手活動や人生の節目でコンサートを開いてきたほか、85歳の現在も月3回はライブハウスのステージに立つ。「堀威夫さんや昔の仲間と、皆が元気なうちに昔のように楽器を持って、もう一度一緒にカントリーを歌いたいですね。それが今の目標です」

♪寺本圭一 85年の集大成コンサート♪
 5月9日(木)午後1時半、横浜みなとみらいホール(みなとみらい線みなとみらい駅徒歩3分)小ホールで。

 予定曲:「ヘイ・ジョー」「モーリー・ダーリン」「ダニー・ボーイ」「フォー・ザ・グッド・タイムス」ほか。出演は、寺本圭一&カントリージェントルメン(スティールギター:村中靖愛、ギター:マッシー鴨川、フィドル:吉富はるか、ベース:おおやまけんじ、ドラム:吉田宏治)、坂本愛江、片山誠史、ゲスト:ウイリー沖山。

 全席指定4500円。問い合わせはインターナショナル・カルチャー Tel.03・3402・2171

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