奈良高校で陸上部に所属し、インターハイにも出場した加藤さんは、高校のグラウンドのほか、「平城宮跡でも練習していた」と話す。「当時は(歴史公園として)整備される前で気軽に出入りしていた。今は世界遺産。すごい所で走っていたもんやねえ(笑)」。奈良県が舞台の映画「二階堂家物語」主演を機に、「古里のお役に立てるような仕事をし続けたいと思う気持ちが強くなりました」
映画「二階堂家物語」主演、家族の愛と葛藤表現
日本の“お世継ぎ問題”をイラン人女性監督が撮った劇映画「二階堂家物語」。主人公として、跡取り息子を亡くした名家の当主を演じたのは、国内外を問わず活躍する俳優・加藤雅也さん(55)だ。25日の全国公開を前に、手応えを語る。「日本特有の問題を描きながらも、世界中の人が見入ってしまう『家族の愛と葛藤』のドラマになった」。自身は映像作品を軸にしながらも45歳で初舞台、50歳からラジオパーソナリティーと、活躍の場を広げている。「経験にあぐらをかくことなく、常に自分を“初期化”する。『次は何だ?』という生き方の方が面白い」
「『俺』でしっくりこないなら、『僕』ではどうですか?」。ペルシャ語や英語も飛び交う「二階堂家物語」の撮影現場で、加藤さんはリーダーシップを発揮した。
若手監督のアイダ・パナハンデは、夫と共にペルシャ語で脚本を執筆。演じ手は英訳を経た日本語の台本を受け取っている。英語が堪能な加藤さんは「アイダ(監督)の意図と日本語のせりふ…、ニュアンスの微妙なずれをなくす工夫が必要だった」と話す。ハリウッド映画出演の経験も踏まえ、明言する。「言語や文化の特性の差異を受け入れた上で、より良いものを目指していかないと、国際社会ではやっていけない」
役者としては“多重人格”
奈良市に生まれ育った加藤さんは、横浜国立大学在学中から、知人の誘いを受け、モデルとして活動。「教師か、モデルか?」と卒業後の進路に悩んだ末、「モデルを続ける」と父親に告げた。「苦労人の父は全く反対せず、『大学を出たら、出ただけの判断力でもって困難に向き合え』と…。本当に頭が下がりました」
その後、パリ・コレクションのステージにも立ったが、「当時の(モデルの)国際水準では、身長182か3(センチ)の僕は小さ過ぎた」と苦笑する。俳優に転身し、映画「マリリンに逢いたい」(88年)や「クレージーボーイズ」(同)に主演。94年にハリウッド進出を目指して渡米し、ブルック・シールズと共演した日豪合作映画「セブンスフロア」(94年)では、主役を託された。「5年以上、ロサンゼルスに居たからこそ、分かったことは多い。思うようにいかないこともあったけれど、『日本人でもやれる』との確信は得た」
日本に拠点を戻してからは、北野武監督作品「BROTHER」(01年)や「さくら、さくら〜サムライ化学者 高峰譲吉の生涯〜」(10年)など、話題の映画に相次ぎ出演。テレビドラマでは、映画化もされた「アンフェア」シリーズ(フジテレビ)、NHKスペシャルドラマ「坂の上の雲」などでも存在感のある演技を見せている。「BROTHER」や「棒の哀しみ」(16年)といったバイオレンス映画で見せた「寡黙で荒ぶる男」のイメージは強烈だが、「普段の僕は、話好きなおっちゃんやね(笑)」と、奈良弁も交える。「二枚目路線だけではつまらない。役者としては、作品によってガラリと印象が変わる〝多重人格〟でいたいです」
「古里が舞台」
加藤さんは、同郷の映画監督・河瀨直美から、河瀨がエグゼクティブ・プロデューサーを務める「なら国際映画祭」について聞き、「何らかの形で関わりたいと思っていた」と明かす。それだけに、同映画祭の映画製作プロジェクト作品「二階堂家物語」の主演が決まったときは、「胸が躍る思いでした」。
奈良県天理市で撮られた同作は、「家督」や「婿養子」をキーワードにしながらも、「外国人が物珍しさだけで作った映画ではない」と断言する。「どの国にも、伝統と愛の間で揺れる家族の姿がある。国境を超えてスタッフと役者が手を携えたのも、この作品に普遍性を見いだしたからです」
物語は、加藤さん演じる名家の当主と、その母、当主の一人娘の3世代を軸に展開する。それぞれの思いは時に誤解と対立を生み、男女の恋愛も絡んで周りの人たちも巻き込んでいく—。名家の威厳を体現してみせた加藤さんは「見る人が『気付き』を得られる作品かもしれない」と言う。「例えば、親は子に対して『あいつは何を考えているんだ』などと責める気持ちを抱きがち。でも、映画は第三者の視点で鑑賞できる。そしてこの作品には、『子どもは子どもなりに、親のことを考えているんだ』と実感させる力があります」
「世界を広げる」
08年、「SAMURAI7」で舞台デビューした加藤さんは、「遅まきながら舞台の面白さに目覚めた」と快活だ。5年余り前からはFMヨコハマ「加藤雅也のBANG BANG BANG!」のパーソナリティーを務め、軽妙なトークも披露する。「年を取ってきたからこそ『新しいもの』に挑む。そうしないと世界が狭くなって、僕は“頑固じじい”になってしまう(笑)」。経験を軽視はしないが、それ以上に「変化」に目を向ける。「絶えず自分を“初期化”していった方が成長できるし、自分自身の楽しみが増しますね」
©2018 “二階堂家物語”
LDH JAPAN,Emperor Film Production Company Limited,Nara International Film Festival
「二階堂家物語」 日本・香港映画
父から引き継いだ種苗会社を経営する二階堂辰也は数年前に一人息子を亡くし、妻とも離婚。代々続く家系が絶えると危機感を募らせた母のハルは、辰也を慕う女性との再婚を切望する。しかし、辰也は違う女性にひかれ、やがてその女性と結ばれる。そして、辰也の一人娘の由子は、婿養子を取ることを期待されていると承知した上で、家に恋人を連れてくる—。
監督:アイダ・パナハンデ、エグゼクティブ・プロデューサー:河瀨直美、出演:加藤雅也、石橋静河、町田啓太、田中要次、白川和子ほか。106分。
25日(金)から、新宿ピカデリー(Tel.050・6861・3011)ほかで全国順次公開。