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  東京版 平成29年10月上旬号  
真の人間描写は笑いを生む  俳優・山西惇さん

井上ひさし作品の台本が並ぶ書棚を背にする山西さん。2008年、「人間合格」の稽古場で、井上に声を掛けられた。「一字一句たがえず演じてください。テンとマル(句読点)も推敲(すいこう)して入れています」。山西さんは「意外な所にテン(読点)があったり、なかったり…。でも台本を読み込み、稽古を重ねれば重ねるほど、納得できる。磨き上げられた言葉の芝居に挑めるのは喜びです」=台東区・こまつ座事務所
11月、音楽劇「きらめく星座」出演
 テレビドラマ「相棒」の“暇課長”役でおなじみの俳優・山西惇(あつし)さん(54)は、「僕の原点は『お笑い』かな」と話す。だが、その活動は喜劇にとどまらない。「人間描写がきちんとできていれば、(共感の)笑いはおのずから生まれる」。11月には、戦時色が濃くなる中、ひたむきに生きる庶民を描いた舞台「きらめく星座」に出演する。公演を重ねる井上ひさし作の音楽劇で、山西さんにとっては3年前に続く“再演”だ。「僕が欲しいと思う全ての要素がある戯曲。役の『軍国主義者』の葛藤を前以上に掘り下げて表現したい」

 「暇か?」。このせりふは、「相棒」(テレビ朝日系)で、山西さん演じる「警視庁課長・角田六郎」が、水谷豊演じる「特命係係長・杉下右京」らに発する決まり文句だ。2000年スタートの人気シリーズとあって、「暇課長」の愛称は、お茶の間の視聴者に定着している。18日(水)からの「相棒 season16」放映を控え、こう話す。「17年も続くとは思ってもいなかった。感謝の気持ちでいっぱいです」。昨年のNHK大河ドラマ「真田丸」など、映像作品への出演も多いが、常に舞台を意識してスケジュールを組む。「やり直しの利かない舞台は、役者を鍛えてくれます」

研究職から“脱サラ
 京都市に生まれた山西さんは京都大工学部石油化学科を卒業後、民間会社に勤務。「いわゆる機械油」(山西さん)の研究に携わった異色の経歴の持ち主だ。ただ、「子どものころから、人を笑わせるのが大好きだった」。高校時代にコントを演じ、大学に入ってからは、喜劇を多く上演していた「劇団そとばこまち」に所属した。「僕が唯一夢中になれたのは、(会社での)研究ではなく芝居でした(笑)」。就職後、演劇から離れたのは、わずか1年。親交の深い生瀬勝久が「そとばこまち」座長になったこともあり、入社2年目から、会社勤めと演劇活動の両立を試みた。しかし、「体も、時間も…、やはり無理でした」。“役者一本”を決意し、89年末に会社を辞めている。

 94年には、モンゴルを舞台にした野田秀樹作・演出の大作「キル」で主要キャストの1人に抜てきされた。だが、山西さんは「あれで僕は打ちのめされました」。同い年の渡辺いっけい、年下の堤真一らと自らを比べ、「実力差を痛感した」と明かす。

 「再出発」を胸に1年間、演劇愛好家が芝居づくりを体験するワークショップに、指導者として参加した。「プロとアマチュアを隔てるものの一つは、再現性と思い至った」。穏やかな笑みを見せ、解説する。「例えば一度、表現できたことを、日々の状況に合わせ、繰り返し同様にできるか…」。演技の技術を磨き、演出家の意図をくみ取る努力を続けた。「僕は30代半ばで『プロになれた』と思います」

井上作品の「新常連」
 “遅咲き”を自任する山西さんは、「井上先生の作品に魅せられたのも、30代に入ってから」と話す。「研ぎ澄まされたせりふの中、笑いの要素が盛りだくさん。なおかつ深い問題意識が息づいている」。08年、太宰治の評伝劇「人間合格」に出たのを皮切りに、「それからのブンとフン」「藪原検校」「雨」などに出演。劇中、「青空」や「一杯のコーヒーから」といった戦前の流行歌が歌われる音楽劇「きらめく星座」には、14年の公演で出演依頼を受けた。戦地で右手を失った傷痍(しょうい)軍人「高杉源次郎」役。浅草のレコード店に婿入りしたものの、ジャズや流行歌を好む家族に許し難い感情を抱く—。初めは敵役に近い存在だが、源次郎の信念や価値観は、家族との対話やある出来事をきっかけに揺らいでいく。山西さんは「初出演のときは、井上先生が仕込んだ笑いの部分を、ちゃんとやろうという意識を持って臨んだ」。11月の公演を前に、異なる課題を自らに加えた。「源次郎の心境の変化を、より説得力を持って演じる」。源次郎の何げない言動から、優しくて純粋な人柄を感じ取るだけに、「信じていたものが“壊れる”という思いにとらわれた彼の苦悩は深い。当時の教育の犠牲者の一人と、分かっていただければ…」。

 85年の「きらめく星座」初演では、名古屋章、すまけいら「戦争の記憶」を持つ俳優が舞台に立った。戦後生まれの世代が“演じ継ぐ意味”を山西さんは考える。「作品には戦前・戦中の時代でも、普通の暮らしを営み、平和と自由を希求した人たちの声が詰まっている。時代の流れが『危ない』と感じる今、上演する価値は高まっています」


2014年の「きらめく星座」公演
「きらめく星座」
 11月5日(日)〜23日(木・祝)、紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA(タカシマヤタイムズスクエア南館7階、JR新宿駅徒歩5分)で。全21公演。

 音楽を愛する家族や間借り人が仲良く暮らす、浅草の小さなレコード店「オデオン堂」。長男の正一が陸軍から脱走し「非国民の家」となるが、長女のみさをが傷痍軍人の源次郎と結婚したことで一転、「美談の家」となる。しかし、婿入りした源次郎は軍国主義の塊。正一を追う憲兵伍長も乗り込んできて…。太平洋戦争前夜までの1年余りの間に、庶民の家に起きた物語。

 作:井上ひさし、演出:栗山民也、出演:秋山菜津子、山西惇、久保酎吉、田代万里生、木場勝己ほか。全席指定。一般8000円。上演時間などは問い合わせを。こまつ座 Tel.03・3862・5941

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