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  東京版 平成28年8月下旬号  
“高倉健の実像”に迫る  映像作家・日比遊一さん

高倉健が出演した映画205本のうち、「僕は初期の任侠(にんきょう)映画が特に好き」と日比さんは語る。「初期作品の多くで、かなり長いせりふを話している。その表現力はすごいです」
ドキュメンタリー映画「健さん」製作
 希代の映画俳優・高倉健—。その際立つ存在感の理由、美学、素顔に迫ったドキュメンタリー映画「健さん」が20日から全国公開される。監督はニューヨーク在住の映像作家・日比遊一さん(51)。「言葉で世界の人々の胸に『俳優・高倉健』のすごさを刻み付けたかった」と作品に込めた思いを語る。作中で“健さん”への敬慕を話すのは世界の著名人と、普段の高倉を知る市井の人たち。「双方の証言をパズルのように合わせることで、『人間・高倉健』の全体像も浮かび上がってきます」

 「ウォール街」(1987年)でアカデミー主演男優賞に輝いたマイケル・ダグラス、「タクシードライバー」(76年)監督のマーティン・スコセッシ、「レッドクリフ(PARTⅠ、PARTⅡ」(08年、09年)監督のジョン・ウー…。世界の名優・名匠は、おととし11月に死去した“健さん”の記憶を冗舌に語る。日比さんは「海外を強く意識した作品です」。30年に及ぶニューヨークでの生活の中、「三船(敏郎)さん以外の日本人俳優は知られていない」と歯がみしてきた。近年は渡辺謙の活躍が目立つが、「僕は“謙さん”の前に“健さん”が居たと世界中にアピールしたい」。

松田優作の助言
 愛知県名古屋市に生まれた日比さんは高校卒業後、俳優を目指し上京。都内の撮影所で憧れの存在だった俳優・松田優作と知り合った。当時30代半ばの松田は「俺がおまえの年だったらニューヨークに行く」。86(昭和61)年、ニューヨークに居を移した日比さんは「初めは全く英語が分からず、なかなか友達ができなかった」と苦笑する。映画出演の機会は得たが、「サラリーマンか“やくざ”の役ばかり。優作さんの死(89年)の衝撃もあって心が折れそうになった」と振り返る。「そんな時、『撮る側の面白さ』を知り、救われる思いがした」。92年に一時帰国し、ほぼ1年かけて日本各地の人々にカメラを向けた。ジェームズ・ディーンから写真撮影を勧められたという俳優・芸術家のデニス・ホッパーは日比さんの白黒写真を手に、笑顔を見せた。「いい作品だ。君も(撮影を)続けろ」

 やがて現代を代表する写真家の一人ロバート・フランクと出会い、97年には初の動画作品として、フランクと日本人編集者の交流を描いたドキュメンタリー映画を製作した。だが、「日本語教室の講師の仕事をしないと食べていけなかった」。教室があったのはワールドトレードセンターの「ツインタワー」。体調を崩して休んだ日、ハイジャックされた旅客機2機がツインタワーに突入した。01年の「9・11」(アメリカ同時多発テロ事件)。日比さんが教えていた生徒30人以上も命を絶たれた。打ちのめされながらも、「僕は一生懸命、生きるしかない」。その後、撮影・製作した劇映画は辛口で知られるニューヨークの映画関係者からも、高く評価されている。

 昨年、銀座で写真の個展を開き反響を呼んだものの、日本における日比さんの知名度は高くない。劇場公開作品では「健さん」が“日本デビュー作”とあって、「(監督の)依頼を受け重圧を感じた。高いレベルの作品でなければ、みんな納得しないと…」。初めに頭に描いた「世界の超一流に『俳優・高倉健』を語っていただく」との方針を貫いた。「ブラック・レイン」(89年)で高倉と共演したダグラスは「“KEN”からシンプルであることの大切さを学んだ」。スコセッシは「(劇中の)沈黙の時も、彼は自分をコントロールできた」と評する。ウーはこう明言する。「私はトム・クルーズを撮る時でさえ、常に『高倉健』を意識していた」

 国内の出演者も多様だ。「幸福の黄色いハンカチ」(77年)などの山田洋次、「鉄道員(ぽっぽや)」(99年)などの降旗康男といった名匠は、他とは代え難い存在感を語る。共演者らが明かすエピソード…。そして40年にわたって付き人を務めた男性、高倉が常連だった飲食店の店主、実妹らは高倉の素顔にも触れる。離婚後も江利チエミに寄せた寡黙な愛、酒に口を付けなかった理由、滝行に至った苦悩の軌跡…。日比さんは言葉に力を込める。「カリスマに祭り上げることをせず、人間的な弱さもあった等身大の『高倉健』に迫りました」

「日本でも活動」
 「昭和の末期」に日本を離れた日比さんは、「平成の日本」に違和感を覚える時もある。「仕事への『いちずさ』など、戦後を築いてきた美徳が軽んじられてきているのでは…」。それだけに「『一生懸命な男を演じたい』と念じた高倉さんの生きざまに、若い人も接してほしい」と切望する。「人間は自身を律し磨いていくことで、突き抜けた存在になれる。“健さん”もその一人と、実感してもらえます」

 今後、活動の拠点を国内にも置く。「海外で感じてきた日本の良さが、にじみ出るような劇映画も作りたい」


©2016 Team“KEN SAN”
「健さん」 日本映画
 監督:日比遊一、エグゼクティブ・プロデューサー:李鳳宇、出演:マイケル・ダグラス、ポール・シュレイダー、ヤン・デ・ボンほか。95分。

 20日(土)から渋谷シネパレス(Tel.03・3461・3534)ほかで全国公開。
高倉 健(たかくら・けん)
 福岡県中間市出身。本名・小田剛一。東映入社後、「電光空手打ち」(1956年)で主役デビュー。「日本侠客伝」シリーズ(64〜71年)、「網走番外地」(65年)などで“任侠(にんきょう)ブーム”をけん引。東映退社後、「八甲田山」(77年)、「幸福の黄色いハンカチ」(同)で新境地を開く。その後の主な出演作は「遥かなる山の呼び声」(80年)、「駅/STATION」(81年)、「あ・うん」(89年)、「単騎、千里を走る」(06年)、「あなたへ」(12年)など。映画出演作は205本。14年11月、悪性リンパ腫のため、83歳で死去。

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