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昭和30年代の東京描く “昭和絵師”うゑださと士さん |
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うゑださんは千代田区神田司町の自宅で江戸小物の店「神田三十四(さとし)堂」を営む。店番をしながら奥の“アトリエ”で創作に励む日々。自作の画集や絵はがきも置いているとあって、「じかに作品の感想が聞ける。今、神田を歩く人の肉声も居ながらにして耳にできます」 |
「あの時代のぬくもり伝えたい」
昭和30年代の東京を描く“昭和絵師”―。うゑださと士さん(65)は、生まれ育った神田で創作を続ける。長年、漫画家として活動しているが、10年ほど前から水彩とペンによる色紙画に軸足を移した。円筒形の赤いポスト、木の電柱、都電…。「絵になる題材が多いのは、断然30年代」と話す。そして、作品の多くに、喜怒哀楽の表情豊かな当時の庶民を登場させる。生粋の“神田っ子”のうゑださんは歯切れ良い。「東京でも人と人とのつながりが密で多様だった時代、そのぬくもりを伝えたい」
昭和30年代、うゑださんは「わんぱくだった」。都電の「一大ターミナル」といわれた神田須田町(千代田区)は、現在も住む自宅のすぐ近く。都電のレールに五寸くぎを置き、車両通過後、つぶれたくぎを手裏剣代わりにして遊んだ。「見つかると当然、怒られた」。笑みを浮かべ言葉を継ぐ。「貧しかったけど、お金のかからない遊びを工夫した。今の子どもにはない楽しみ」。下町、山の手をくまなく走った都電の色紙画54点を、この春、画集「昭和を走ったチンチン電車」にして発行した。「自分が『描きたい』と思って描いた絵が本になる喜びは格別です」
うゑださんは父親が出版社で編集の仕事をしていたため、「たびたび挿絵の原画を目にできた」と回想する。
「渋谷駅は乗り物がいっぱい」=「昭和を走ったチンチン電車」より |
「画家か漫画家」と将来の希望を膨らませたが、堅実な仕事を望む父親の反対もあり、高校卒業後は民間会社で電機製品の営業に携わった。だが、「結局、夢を捨てられなかった」。25歳の時、漫画原作者の小池一夫らが立ち上げた編集プロダクションに入り、「ダメおやじ」作者の古谷三敏ら複数の漫画家のアシスタントも務めた。美術の専門教育を受けたことはなく、「試行錯誤の連続でした」。
31歳の時、「月例ヤングジャンプ賞新人賞」で、ボクシング漫画「C調ファイター」が佳作入選。その後、念願の漫画家デビューを果たしたが、意気込んで手掛けたマージャン劇画など、「ストーリー物はヒットしなかった」と苦笑する。日本史の学習漫画、防災啓発の漫画を描いたほか、落語の名作の漫画化に取り組み、イラストなどの制作依頼も引き受けた。「なかなかお金になる仕事ではない。父親が心配した通り、ずっと貧乏(笑)」
写真を基に作画
“昭和絵師”としての創作活動を本格化させたのは50代半ば。うゑださんの画力を知る知人の助言もあり、「昭和の風景」にテーマを絞った。子どもの遊び、日々の暮らし、街並み、祭り、童謡や歌謡曲に歌われた景観…。当時の白黒写真を基に構図を決め、水彩絵の具やフェルトペンで四季や昼夜の色調を再現する。世代や職業の垣根を越え、近所同士が助け合った昭和30年代。都心部にも自然が残り、トンボ捕りや雪合戦に明け暮れた自身の少年時代も懐かしみながら絵筆を動かす。「例えば“近所のおばちゃんやおじちゃん”。あの時代には僕ら“悪ガキ”を取り巻く人情がたっぷりあった」。水彩の濃淡や手描きの線が情感を醸す作品は500点を超す。うゑださんは笑みを見せる。「ようやく本当にやりたい仕事に巡り合えた」
2005(平成17)年に地元・神田で初の色紙画展を開催。映画「ALWAYS三丁目の夕日」公開の少し前だったこともあり、「予想以上の反響があった」と振り返る。この後、「下町のガキ大将!」などの画集を出版したほか、多くの作品を絵はがきにした。09年には一連の創作が評価され、日本漫画家協会賞特別賞に輝いている。漫画「三丁目の夕日」作者の西岸良平が同年の大賞受賞者だったことから、肩を組んで記念写真に納まった。「敬意を抱く人に認められるのは光栄」。新作画集「昭和を走ったチンチン電車」には、「あしたのジョー」作者で日本漫画家協会理事長のちばてつやが推薦文を寄せた。《温(ぬく)もりのある絵で少年時代にタイムスリップできる…》
「現代」に危機感
高度成長期、バブル景気…。街並みの急激な変化とともに、「人と人とのつながりが希薄になった」とうゑださんは眉をひそめる。「古ければ何でもいいというわけではない」と言いながらも、「昭和30年代には、もっと優しさやのんびりした雰囲気があったのでは…」。憲法解釈の変更など、時代の流れにきな臭さも感じるだけに、自らに言い聞かせるように、こう続けた。「時代のぬくもりは平和の贈りもの。これからも戦後の昭和から『受け継ぐべきもの』を描き続けたい」 |
「昭和を走ったチンチン電車」 絵と文:うゑださと士
都電の走る風景を描いた色紙画54点を収録。神田や日本橋、銀座、浅草、新宿、渋谷、池袋、飯田橋、王子、勝鬨(かちどき)橋など、昭和30年代を中心とした各地の景観が楽しめる。現在、唯一残る都電荒川線の“旅”の記録も。
(新日本出版社・2160円)
著書や創作活動に関する問い合わせは、うゑだ Tel.090・2934・1549 |
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