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定年時代
 
  東京版 平成26年3月下旬号  
逆境乗り越え充実の60代  歌手・黛ジュンさん

黛さんの次兄は作曲家の三木たかし。もともと歌手志望で、独学でギターと作曲を覚えた三木を尊敬する黛さんは「昔、兄と飲み屋で“流し”をしたことも。9歳の頃、兄が初めて書いてくれた曲が演歌の『兄妹すずめ』でした」。互いの苦労を知るだけに、三木の出世作で黛さん最大のヒット曲となった「夕月」(1968年)は特別な1曲だ。「家族の中で兄妹2人が一緒に世の中に出られた作品。母もうれしかったはずです」
5月、円熟の歌声を披露
 「恋のハレルヤ」「天使の誘惑」…。独特のパンチの効いた歌声で知られる黛(まゆずみ)ジュンさん(65)が5月、男声カルテット「デューク・エイセス」と初のジョイントコンサートを開く。事務所独立後の憂き目、11年間におよぶ更年期障害…。「何度も歌をやめたいと思った。でも、つらい時、支えになったのも音楽だった」。数々の逆境を乗り越え、笑顔と健康への感謝をモットーに充実の60代を送る黛さん。「健康と若さの秘訣(ひけつ)は歌うこと。今は歌が楽しくて仕方ない」

 4人兄妹の3番目、長女に生まれた黛さんは、歌手志望だった母の夢を託された。美空ひばりや島倉千代子などラジオから流れる歌謡曲を口ずさむ母、蓄音機からはいつもジャズの音色…。4歳から日本舞踊やバレエ、歌を習わされたが、「内向的で頑固。泣きわめいて抵抗した」と笑う。

 生活は苦しく、9歳にして霧島昇らの前座歌手を務め一家を支えた黛さん。「歌いたいという感情より、(自分が歌うことで)家計の助けになるならうれしかった」。中学時代、本名の「渡辺順子」でレコードデビューを果たすも鳴かず飛ばず。卒業後、各地の米軍キャンプを巡りジャズや大好きなビートルズの曲を歌っていたところ、ラジオ局のディレクターに声を掛けられ、デモテープを作ることに。

 「君のポップスは声に特徴がありすぎる」とほとんどのレコード会社から断られた。しかし1967年、石原プロモーションに移籍し「黛ジュン」に改名。東芝音楽工業から「恋のハレルヤ」で再デビューすると、ミニスカート姿とパンチの効いた歌声で一躍注目された。立て続けにヒットを飛ばし「天使の誘惑」では第10回日本レコード大賞受賞。自身のヒット曲が主題歌となった映画「天使の誘惑」「夕月」に主演し、女優としても活躍した。

“更年期”との闘い
 転機は24歳。大手事務所からの独立を機に人気が下降線をたどり始めたという。「仕事の質が変わった」。一流バンドの演奏で歌うコンサート活動が減り、キャバレーでの営業が急増。「聞く気もない酔ったお客さんばかりを前に歌う状況は初めて。歌い手として無視されているようなつらさ、むなしさ。今まで築いてきた『黛ジュン』が崩壊していく恐怖を感じていた」

 80年になって「風の大地の子守り唄」などがヒットし再起のきっかけに。しかし、今度は加齢による体の変調が黛さんに迫っていた。その苦悩は自著「女はみんな華になれ」(世界文化社)に詳しいが、初めて違和感を覚えたのは44歳の頃。「寝汗のほか、日中も大量の汗が突然出てきて化粧もやり直し。そして不眠。人と会うこと、電話に出るのも嫌になった」。医者にかかり更年期障害と診断されたが、「私は女盛り。更年期はもっと年取った女性がなるもの」という先入観から聞き流してしまったという。体内をアリがはうように感じる蟻走(ぎそう)感、発汗、無気力などに悩まされながら、もんもんとした日々を過ごした。

 「更年期を自覚したのは発症から6年後」。きっかけは番組共演で出会った女優・木の実ナナの助言だ。壮絶な更年期障害を乗り越えた木の実に自身の症状を打ち明け、心療内科を紹介してもらった黛さん。安定剤や抗うつ剤を継続して飲んだ結果、「(つらい時期を)少し抜けたかなと思えたのは55歳の頃。長い11年でした」。そんな更年期障害を黛さんは「年齢の引っ越し」と表現し、「一時的に混乱しても片付く時はくる。人生の荷物を整理して次へ行くための準備期間でした」。

「感覚は色あせない」
 この約10年で母や兄との死別を経験し、喉のアレルギーからくる声の違和感も克服した黛さん。私生活、歌手活動の苦難から歌を辞めようと思った時、支えになったのは音楽だ。「体がつらくてもステージで歌うと、お客さまの喝采や声援が奮い立たせてくれた。私の根底にあるのは歌が好きということ」。今は体調の良さと歌う喜びをかみ締めながらステージに上がる。

 ポリシーは、年を取っても歌を崩さずに歌うこと。「言葉ははっきり。譜面通りにきっちりと」。恋や愛を歌った持ち歌については「頭で考えて歌ったことはない。詞を感じたままに表現してきただけ」。持ち味のパンチの効いた歌声は今も変わらない。幼少時の稽古事、キャンプ回りで鍛えた地力が黛さんの強みだ。「10代の吸収力はすごい。ジャズやビートルズナンバーなど、自分が歌いたいと選んだ曲はいくつになっても当時の感覚で歌える。あの時代のフィーリングが色あせずに染み付いています」

 容姿や歌声を保つため、呼吸筋や体幹のトレーニングなど自宅で行う約1時間のメニューは日課だ。「老いは足元から」と定年世代にはスロースクワットを勧める。「ゆっくり5秒数えてしゃがみ、5秒で上がる。初めはイスにつかまりながらでもいい。私は20回やっているので膝も腰も丈夫。バリアフリーでなく、“バリアアリー”ですね」と笑う。

 「健康と若さの秘訣は歌うこと。同世代の人には、笑顔を保ち、健康に対する感謝の気持ちを忘れないでほしい」と黛さん。5月のデューク・エイセスとの共演にも意欲的だ。「大先輩と初のジョイントコンサート。でも、気負わず楽しく臨みたい。自分が楽しんで歌わないと、歌は伝わらないですから。笑顔のあふれるコンサートを約束します」


デューク・エイセス
♪黛ジュン&デューク・エイセス ジョイントコンサート
 5月21日(水)午後1時半開演、横浜みなとみらいホール(みなとみらい線みなとみらい駅徒歩3分)大ホールで。

 予定曲目:「恋のハレルヤ」「天使の誘惑」「雲にのりたい」「女ひとり」「筑波山麓合唱団」「テネシーワルツ」ほか。

 全席指定、S席5000円、A席3000円。インターナショナルカルチャー Tel.03・3402・2171

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