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「明日の幸福」の姑役は「微妙な心理描写というより、どちらかといえば動きを見せる役」と水谷さんは話す。舞台を終えた夜、「スポーツで汗を流すこともあります」 |
「役者変われば違う芝居に」
新派を代表する女優・水谷八重子さん(73)は、「舞台はいつも未知の世界」とほほ笑む。母親の初代水谷八重子を仰ぎ見た初舞台から57年…。出演を重ねた演目は数多いが、「役者が変わると舞台の空気も変わる」と明言する。8月上演の「明日の幸福」は、3世代同居家族が織り成す喜劇。これまで幾度も演じているが、今度は舞台初共演の若尾文子の姑(しゅうとめ)役とあって、「どんな家族になるか…、私自身胸躍る“未知との遭遇”です」。
客席から「水谷!」と掛け声が飛ぶ「劇団新派」の舞台—。
名女優といわれた母親が、がんで死去した1979年以降、波乃久里子と共に“看板女優”の重責を担う。長く「水谷良重」の名で活動したが95年、「二代目水谷八重子」を襲名した。それでも「『目標は母』とは今も言えない」。そのすごさを「役のエッセンス(本質)だけで演じ切れた人」と言い表す。「私はもっと人間くさくやらないと…」。とはいえ、初代の教えは染み付いている。「役に成り切り、役の気持ちで考えなさいと…、それは徹底していました」
“芝居の名家”
都内に生まれた水谷さんの父親は歌舞伎役者の守田勘弥(十四代目)。“芝居の名家”として高校在学中の55年、新派公演で初舞台に立った。映画やミュージカルにも活動の幅を広げ、映画「妖刀物語 花の吉原百人斬り」(60年)では、NHK最優秀助演女優賞を受賞した。歌手としても活躍し、「NHK紅白歌合戦」には58年から4年連続出場。それでも「デビュー後しばらくは、どこかに(結婚までの)腰掛け気分があった」と明かす。
しかし、20代前半で離婚を覚悟した時、「私の支えになったのは仕事でした」。肌で感じる客席の熱気、やり直しのできない緊張感にひかれ、次第に新派の舞台に軸足を戻した。ただ、「そこで母への反抗期が始まった」。77年、泉鏡花原作の「滝の白糸」に初主演した際は、男女の機微の表現で指示を拒むなど、しばしば意見が対立した。今、“反抗期”を回想し苦笑する。「母を亡くしてから、ようやく納得できたことも多い」。新派の伝統を支える女優として都民文化栄誉章(93年)などに輝いた後も、「母は依然として巨大な存在」と話す。
水谷さんは8月上演の「明日の幸福」を、「新派で母や先輩方が進めた現代劇運動の頂点ともいえる作品」と言う。一つ屋根の下で暮らす3世代の夫婦が、因習や名誉欲をめぐり右往左往する物語。54年の初演以降、母が何度も演じ、水谷さん自身も「新妻」「嫁」「姑」の3役を、キャリアの蓄積と共に経験した。「女性解放がテーマ」と語る一方、「せりふも動きも面白い。理屈抜きで笑っていただけるのでは…」。
脚本の内容は初演時とほぼ同じだが、「新しい配役ではどんな舞台になるか、今も稽古前は予測できない」と率直だ。映画では共演したことがある若尾には「透明でキラキラした美しさがある」。互いを知り尽くした新派の役者との共演と違い、「西郷(輝彦)さんとの夫婦役も初めて。新派公演とは違う魅力の『明日の幸福』になりそう」と言葉を継ぐ。
自ら演出を手掛けたこともある水谷さんは、「役者は演出家の歯車であり素材」と言い切る。同作の演出は「ホームドラマの名プロデューサー」といわれる石井ふく子。石井の初期演出作品「なつかしい顔」(68年)は新派公演で、水谷さんは石井の父・伊志井寛と父子役を演じている。「石井先生の指示の鋭さ、的確さには感嘆させられてきた」。新派の“ホームドラマ”演出を重ねる石井に畏敬の念を抱く。「新派の大恩人の一人です」
「安住はしない」
120年を超す歴史を持つ新派はことし1月、“小津映画の名作”として名高い「東京物語」を山田洋次の脚本・演出で舞台化した。その役作りで「あえてダイエットを避けた」と言う水谷さんは「これからも伝統に安住せず新派の可能性を探っていく」と意欲を見せる。
来年、がんと闘いながら舞台に立った母の享年・74歳になる。「(自分の)健康に感謝。年を重ねても素晴らしい役者たちと出会い“未知の世界”を体験していきたい」
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「明日の幸福」
8月8日(水)〜19日(日)、三越劇場(日本橋三越本店本館6階、地下鉄三越前駅直結)で。全14回公演。
昭和30年ごろ、東京の広壮な邸宅に同居する3世代家族。“家長”である経済同友会理事長の寿一郎に突如、入閣の話が持ち上がる。寿一郎は推してくれた党の実力者に家宝の馬の埴輪(はにわ)を贈ろうとするが、埴輪が入った箱を開けてみると…。
原作:中野實、演出:石井ふく子、出演:若尾文子、西郷輝彦、水谷八重子、田中健、京野ことみ、丹羽貞仁ほか。全席指定8000円。上演時間は問い合わせを。チケットスペース TEL.03・3234・9999
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