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  東京版 平成24年3月上旬号  
「家族の絆は生きる力」  俳優/役所広司さん

「一つの作品が終わった時の解放感が気持ちいい」と役所さん。出演者やスタッフなど全員が苦労しながら完成した時の喜びが次の映画出演のエネルギーになっている
主演映画「わが母の記」を語る
 昭和の文豪、井上靖が自らの人生、家族との実話を題材にした原作を基に映画化した「わが母の記」が4月28日(土)から全国公開される。老いて次第に記憶を失っていく母。その母に捨てられたと思い続けて生きてきた小説家・伊上洪作—。この伊上を演じたのは、このところ相次いで主演映画が上映されている役所広司さん(56)。役所さんは、「人間関係が希薄になりがちな社会に生きる今、あらためて家族とは何か、親子の絆とは何かを考えさせられた」と話す。

 原作は3部作。「花の下」「月の光」「雪の面」という題で1964年〜74年にかけて発表された。井上靖が57歳から67歳の間に執筆した作品だ。

 3人兄妹の長男として生まれたものの自分だけ5歳から8年間、曽祖父の妾(めかけ)、おぬいに育てられ、実の両親から捨てられたと思い込んでいる伊上。新聞記者から作家となって妻と3人姉妹の子どもがいる今も、両親に対する心の傷を持ち続けている。

 そんな中、父の死去で残された母の暮らしが問題となり、ずっと距離を置いてきた母・八重(樹木希林)と向き合うことになる—。

相次ぎ主演、監督作品も
 今回の伊上役は役所さんにとって、家族というものをあらためて考えるきっかけになった。「家族の血のつながりというのは不思議なもの。母から生まれることで子どもは母との強い絆ができる。だけど生まれた後は(なんらかのきっかけで)その絆が無くなる可能性もある」と話す。

 そしてこう続ける。「この物語では、家族とのつながりがあることが、生きていく勇気や力になったりするものだと感じてもらえるんじゃないかな」

 撮影では東京・世田谷の旧井上邸が使用された。書斎での執筆場面では、実際に井上が数々の名作を書いた場所に座り、「役に近づくことができた」と感謝する役所さん。思い出に残るシーンとして、この井上邸に家族全員が集まった時の撮影を挙げる。

 映画は、老いて次第に失われていく母の記憶の中で消されることのなかった真実が明らかになってクライマックスを迎える—。

 ここで、「母は自分を捨てた」という今まで抱いてきた思いが違っていたと分かる。「母の思いが伝わった伊上は幸せ」と役所さん。「心休まる場所であり、心の傷を癒やす場所であるはずの家族。だが、互いに求め合っていたことが分からないまま人生を終わってしまう家族がいるのも現実では…」と言う。

役所勤務から役者へ
 役所さんは56年、長崎県諫早市で生まれた。高校卒業後、上京して千代田区役所に就職。数年後、「そろそろ田舎に帰ろうかな」と思っていたころ、友人に誘われて見たのが仲代達矢の舞台公演。それがきっかけで演劇に興味を覚え、78年に仲代が主宰する無名塾に入って役者人生がスタートした。

 もともと演劇に強い興味があったわけではなかった役所さん。無名塾を受ける時も、「役者をやらずに(東京での生活が)終わるのは後悔するだろうなと思い、やってみようと。ダメなら田舎に帰ろうという気持ちだった」。

 入塾後は無名塾の舞台に出演する一方、数々のテレビドラマに出演。映画では96年公開の「Shall we ダンス?」が大ヒットし、日本アカデミー賞最優秀主演男優賞など、多くの賞を総なめにした。また、「バベル Babel」など海外の話題作にも出演。09年公開の主演作「ガマの油」では初めて監督も務めた。

 演劇から始まった役者としてのキャリアだが、今は「活動の中心を映画に据えている」と役所さん。昨年12月「聯合艦隊司令長官 山本五十六」、ことし2月「キツツキと雨」、そして4月「わが母の記」と、このところ役所さんの主演映画が相次いで公開されている。「こんなに上映が続くのはめったにないこと。こういうこともあるんだなあという感じですね」と話す。そんな多忙なスケジュールでも映画への情熱は衰えない様子だ。

 役所さんにはかつて、日本映画の黄金期を築いた俳優や監督など、「日本が世界に誇れる大先輩たちにできるだけ近づきたい」という目標がある。出演作が日本や海外で話題となって、「日本映画界に少しでも貢献できたら」という気持ちが役所さんを支えている。

(C)2012「わが母の記」製作委員会
「わが母の記」  日本映画
 監督:原田眞人、出演:役所広司、樹木希林、宮﨑あおいほか。118分。4月28日(土)から丸の内ピカデリー(TEL.03・3201・2881)ほかで全国公開。

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