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洋画吹き替えの声優としても活躍する村井さんは“ハリソン・フォードの声”でも知られる。「親から授かった喉を練習で磨き、今の声になった」 |
“愛すべき愚かしさ”に共感の笑いを
「すごく引っ込み思案だった」。俳優の村井国夫さん(66)は“田舎の少年時代”を笑顔で語る。演劇を通し、「少しずつ自信をつけ、人間としても成長できた」。演じる人物の生い立ちや時代背景を入念に調べ、自ら人物像を構築する。「演じるというより、役の人間として存在する意識」。7月の舞台「秘密はうたう」では、誰にも言えない秘密を抱えた流行作家役で主演する。「人の愛すべき愚かしさを“くすっ”と笑っていただけたら…。そして絆の美しさを感じていただけたらうれしい」
舞台や映画、テレビドラマへの出演を重ね、バラエティー番組にも登場する村井さん。だが、「僕は少し皮肉屋」と意外な一面を明かす。他の舞台を見て、「思わず『ひどい』と言って帰ってしまったこともある」。この10年余り、スケジュールは舞台優先だ。舞台の魅力をこう語る。「自分に任される部分が大きい。誰が何を言っても舞台に立てばこっちのもの(笑)」。その分、重圧は大きいが、「客席との間に感動が生まれた瞬間、他の仕事では得られない喜びが湧く」と快活に話す。
“性格矯正”で演劇
父親の仕事の関係で、大戦中、中国・天津に生まれた村井さん。終戦後、母親に背負われ、日本に引き揚げた経験を持つ。母親の実家がある佐賀県で育ったが、「末っ子だったから甘やかされた」。高校で演劇部に入った理由は、人見知りが激しい性格を心配した母親の勧めがあったからだ。「自分で入部申し込みに行けず、姉の同級生が迎えに来てくれた」。“芸能界屈指の色男”とも呼ばれる今は、「(昔の姿を)想像できないと言われる」と苦笑する。
「初めての芝居で褒められて、それで調子に乗ったのかな」。現在、「こまつ座」で活躍する辻萬長(かずなが)は高校の演劇部の先輩だ。辻が劇団俳優座養成所に入ったのに刺激を受け、「翌年(養成所の)試験を受けた」と回想する。「養成所では先輩や同期に恵まれた」。辻らの助言、斎藤憐や地井武男らとの自主公演を経て、「芝居づくりの面白さを知った。僕のプロとしての原点はそこにある」と歯切れ良い。
「愛妻」音無に感謝
とはいえ、1966(昭和41)年のデビュー後の道のりは平たんではなかった。収入の乏しさなどから舞台を離れ、仕事を映像に限った時期もある。「論理的に役づくりをするタイプ」と自己分析するが、「演技が説明調になってしまう欠点はあったかも」。そんな村井さんだが、音無美紀子の演技に目を見張った。「感性で演じられる才能の持ち主」。77年に音無と結婚し、「苦楽を共にする中、互いの演技も理想に近づいた気がする」とほほ笑む。「論理と感性の調和、融合…。昇華というと格好良過ぎるかな」
70年代半ば以降、実に多様な舞台に立つ。ミュージカル「レ・ミゼラブル」の出演は800回以上。バリトンの美声を大劇場に響かせる。小劇場では繊細な心理描写。ゲイの囚人を演じた「蜘蛛女のキス」では芸術祭賞(92年)に輝くなど、表現力の評価も高い。
演技の“慣れ”を警戒
近年、喜劇でも存在感を際立せるなど、さらに演技の幅を広げる。舞台「秘密はうたう」の初演を控え、「これは優れた人間喜劇。人の愚かしさが共感にも似た笑いを誘う」と語る。村井さん演じる主人公は英国人の流行作家。名声を奪いかねない“心の闇”が、かつての恋人の来訪であらわになる。驚倒、破滅の恐怖、迷い…。「微妙な心理をどれだけ表現できるか、自分でも楽しみ」。作家の存在感を醸すため「表情や所作に思いを巡らせている」と話す。作品全体に流れるのは「静かな愛情と絆では…」。妻を演じる三田和代は養成所の同期で、「彼女となら愛の余韻が伝わる舞台にできる」と目を輝かせる。
村井さんは「芝居以外の経験も演技に生きる時がある」と年を重ねる思いを語る。半面、「演技は場数でうまくなるものではない」とも…。今、最も警戒しているのは“慣れ”だ。「緊張感がないと下手になってしまう」と自らを戒める。緊張感を保つためにも若い才能と出会い、仲代達矢や平幹二朗という「大先輩の姿勢を仰ぎ見る」。
「いずれ、人生の重みや深みがにじむ最晩年の役をやりたい」。村井さんは「今の自分はそれにはまだまだ青い」と謙遜する。「希望と理想があれば、人は簡単に老いない。僕に成長の余地はまだまだある」 |
三田和代 |
「秘密はうたう」
7月14日(木)〜24日(日)、紀伊國屋サザンシアター(タカシマヤタイムズスクエア紀伊國屋書店新宿南店7F、JR新宿駅徒歩8分)で。全11回公演。
作:ノエル・カワード、演出:マキノノゾミ、出演:村井国夫、三田和代、保坂知寿、神農直隆。
全席指定6300円。上演時間は問い合わせを。チケットスペース TEL.03・3234・9999 |
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