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現代の病根えぐり生きるヒント示す 僧侶で小説家/玄侑宗久さん |
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若いころ、宗教に興味はあったが、住職の家に生まれたため白紙で宗教と向き合えなかったという玄侑さん。「坊さん以外の仕事を切望していました」 |
自作が映画に
現職の僧侶で小説家の玄侑宗久(げんゆう・そうきゅう)さん(54)の小説「アブラクサスの祭」が映画化され、25日(土)から公開される。「浄念」という僧侶を通して現代社会の“病根”をえぐろうとするこの作品は、玄侑さんの若いころの姿とも一部が重なる。「現代人の多くが“ほんとうのわたし探し”という幻想に振り回されている」と指摘する玄侑さん。この映画がその幻想を断ち切ってくれることになるのか。
舞台は禅寺
映画のストーリーはこうだ。仏の道を志し南東北のある禅寺で「坊主」としての日々を送る浄念。妻子がいて、寺での仕事も増えてきたが、ウツに苦しみ、法事や説法も思い通りにいかない。それは、彼の心中に息づいているもの—、音楽があるからだった。そしてついに、寺の境内でライブ演奏をやろうと決意する。自分の“音楽”と向き合うことで生き抜こうとする一人の僧侶と、彼を支えようとしながら不思議と彼に癒やされていく人々を描く。
自分の作品が映像化されたのは「今回が初めて」という玄侑さん。映画を見ての感想は—。
「監督が原作を28回も読み込んで自分のものにしているためか、(原作を)大胆に省略しています。しかし、それがかえって映画の親近感を強めていると思います。映画を見たいろんな人が自分の悩みを投影できるような作品になったんじゃないでしょうか」と、映画版「アブラクサスの祭」の出来栄えに満足げだ。
玄侑さんは2001(平成13)年、「中陰の花」で第125回芥川賞受賞、「アブラクサスの祭」は受賞後第1作。ちなみに、アブラクサスとは善悪含めた神の名前で、「アブラカタブラ」の語源ともいわれている。主人公の浄念は、禅寺の僧侶という設定だ。
原作者の玄侑さんも福島県三春町にある禅寺、福聚寺の第35世住職。玄侑さんは、「浄念には(自分以外の)モデルがいる」というが、共通する部分もある。「浄念は“自分”がまとめきれず、精神科の薬を飲むほどひどい状態です。わたしも、一時期、坊さんになろうか小説家になろうかと悩みました。これも自分をどうまとめるかという問題でもあったんです」と話す。
作家は一時断念
1956(昭和31)年、福島県三春町にある、代々続いた寺の住職の長男として生まれた玄侑さん。高校卒業後、慶応大学中国語文学科に入学する。大学時代はゴミ焼却場の作業員やナイトクラブのホールマネジャー、コピーライターといろいろな職業を経験した。将来、僧侶になっても、小説家でも、役立つと考えたからだ。
25歳の時に父と「27歳までに小説家としてデビューできなかったら出家する」と約束。その後、ある雑誌でデビュー寸前までいくが、掲載予定の号を出す直前にその雑誌が廃刊となり、デビューの夢はついえた。
「もう、この時は運命だと思いました。でも、今ではあの時デビューしなくて本当によかったと思っています」と玄侑さんはしみじみと話す。経験を積まずに宗教をテーマにした小説を書いても、「ろくでもないものを書いただろうから」だ。
まもなく父との約束通り、京都・天龍寺専門道場に入門。32歳になってふるさとの寺に戻るまで、僧侶としての修行に明け暮れた。寺に戻ってからは僧侶の仕事に没頭。小説のことはすっかり忘れていたという。
消えた“苦悩の壁”
そんな玄侑さんが40歳のある日、突然「小説が書きたい」と思った。この時、「天の声」を聞いたような不思議な瞬間だったという。書き始めてみると、「若いころのあの苦しみは一体、何だったんだろう? と思うほど筆が止まらなかった」と話す。小説家になろうとしてもがき、ぶつかっていた壁。それが10数年後、うそのようになくなっていた。
一方、映画「アブラクサスの祭」の浄念は、“自分”を地元の人に知ってもらうために境内でライブ演奏する。現役のロックミュージシャン、スネオヘアー演じる浄念が執拗(しつよう)にステージの上で倒れるシーンが見る者を薄気味悪くさせる。「あれで、ちょっと怖いよねっていう浄念がうまく出ていると思います」と玄侑さん。「現代人は、自分の中の“変な部分”を社会などほかのせいにして、ほめられる部分で自分をまとめている。それだから、(個人が)病むんです」と指摘する。
個人を追究し、切実な作品を書くことが何らかの普遍性につながる、というのが小説家としての玄侑さんの姿勢。それは僧侶としても変わらない。「亡くなった人の一生を、戒名という短い文字で表すのはすごく文学的なこと」(玄侑さん)と考えているからだ。
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(C)「アブラクサスの祭」パートナーズ |
「アブラクサスの祭」 日本映画
監督:加藤直輝、音楽:大友良英、出演: スネオヘアー、ともさかりえ、小林薫ほか。 113分。
25日(土)からテアトル新宿(TEL.03・3352・1846)で上映。 |
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