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「『変わる=軸がブレる』と世間では良くないことのように言われるけど、軸なんてどんどん変わっていい。変わらないのは外からの影響を受けていない証拠」と高樹さん |
「恋愛は人間を磨く」
「作品ごとに(表現する自分も)どんどん変わりたい」。作家の高樹のぶ子さん(64)は飽くなき探究心の持ち主だ。ショパン生誕200年の今年、「ショパン 奇蹟の一瞬」を書き下ろした。ある女性の愛に包まれ、ピアノに情熱を注いだショパン。そのゆかりの地を旅し、ショパンの名曲が生まれた瞬間を女流作家ならではの感性で書きつづった短編小説集—。「人は他者を求め、他者に求められることで成長する」。恋愛小説の名手が男女の心の機微を描き、人間の本質に迫る。
「恋愛小説は自分にとって外せない流れ」。今年、作家生活30年を迎えた高樹さんはデビューから一貫したテーマを持つ。ざっくばらんな人柄と芯(しん)の強さを持つ瞳が印象的。「普段隠されている人間の本質や裏側が飛び出してくるのが小説の面白さ」と歯切れよく、「それを見せられる題材が恋愛。格好いいものだけでなく、エゴや性愛を含んだものも書く」とほほ笑む。
現代を「他者への興味が薄れた時代」「人間関係の回路が細く閉ざされている」と分析する高樹さん。男女の恋愛においても本能的な性欲のみに矮小(わいしょう)化され、他者を通じた自身の変化を求めない傾向があると指摘する。
“不全”が次への活力
「恋愛小説と言いながら、人と人のかかわりがこのままでいいのかという問いを書いているんです」
高樹さんは山口県防府市出身。昭和30年代の同地を舞台に、家族や四季の美しさを描いた自伝的小説「マイマイ新子」(2004年)の主人公に自分を重ね、「おてんばで想像力豊か。今も新子ちゃんそっくり」と笑う。短大卒業後、出版社に勤務。東京から福岡に移り住み離婚、再婚を経て34歳の時、作家デビュー。84年の「光抱く友よ」で芥川賞を受賞し、「小説家としてのスタートを切った」と振り返る。
現在では芥川賞など多くの文学賞の選考委員のほか、大のクラシック好きということもあって、クラシックの音楽祭「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」のアンバサダー(大使)も務める。新著でも、「名曲誕生の背景に男女の関係があるから興味深い」と話す。
文章を“奏でる”
「ピアノの詩人」。その繊細なイメージの一方で、情熱的な曲も残したショパン(1810〜49)は女性との愛の遍歴でも知られる。特に女流作家ジョルジュ・サンドとの9年に及ぶ交際の中で数多くの傑作が生まれた。
新著はそんな名作誕生の瞬間のショパン自身の心模様に迫るオリジナル小説。「創作者(高樹)が創作者(ショパン)の創作の現場(作曲の瞬間)を創作した初の試み」と高樹さん。評論家の解説や評伝では説明できない領域に、小説家ならではの想像力の羽を伸ばした。実際にスペイン・マヨルカ島からフランス・ノアンを旅し、ショパンとサンドの足跡をたどった高樹さん。現地で撮った風景写真や、「雨だれ」「葬送」など15曲を収めたCDも付き、聴きながら読むという趣向だ。
常に新しい息吹を作品に吹き込もうとするショパンを敬愛する高樹さん。「楽章や小節ごとにトーンががらりと変わる。彼は聴く人の心模様を変えようと挑戦した」。曲が転調する場面や音が駆け上がる瞬間など、丁寧に物語に符合させたという。
今日的な関係
彼女のふっくらした手の平に包まれたいと願ったショパンと、軽やかに鍵盤を奏でる彼の小指に魅了されたサンド—。6歳年上の社交の花と“草食系男子”という2人の関係を高樹さんは「今日的な男女のあり方」と指摘。成熟した社会で男性が安心して自分の仕事で才能を伸ばせる安定的な形だという。
「精神的に母であり姉でもあった」。男の弱さ、孤独を知り、その傷つき折れそうな自尊心に自信を与えたサンドを高樹さんはこう分析。自らとの共通点を数え、「社会全体をふかんし、『こうしなきゃ』と考えるのは実は女性の方。社会音痴になるかどうか、特に老後、その差が顕著になってきます」。経済的、時間的にゆとりがあっても人は必ずしも幸せではない。「人間は社会的な生き物」が持論の高樹さん。定年世代こそ社会から求められる責任(やるべきこと)を自覚し、他者との関係を育てる努力が必要だとも。
高樹さんのポリシーは「ネクストワン(次こそは)」。作家としての地位を確立した今でも、「表現したい“人間の深さ”にまで届いていない時もあるし、自分の筆としてまだ納得できない」とさらなる成長を見据える。「『足る』という感覚が作家の自分にはない。つまり“不全”が次につながるモチベーションであり、人生の楽しみになるんです。外からの刺激を受け、わたしは変わり続けていきたい」
高樹のぶ子著
(PHP研究所・1365円) |
ショパン 奇蹟の一瞬
聴きながら読む
ジョルジュ・サンドとの愛 |
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