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長編小説「孤高のメス 外科医当麻鉄彦」は、2005年に単行本が発行されるまで、「10年近く原稿が本棚の片隅にあった」と言う。「短くするのは嫌で、出版側との折り合いがつかないこともあった」 |
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映画「孤高のメス」原作者
メスはもろ刃の剣—。外科医療の深部を描いた映画「孤高のメス」の原作者、大鐘稔彦(おおがね・としひこ)さん(67)が、現職の医者として持つ確信だ。「メスは練達の医者が持てば名器になり得るが、一歩間違えば凶器になる」。手術約4000件の執刀経験などに基づく小説の文章は具体的で緻密(ちみつ)。医療現場の圧力や確執、共感と高揚感の描写も真に迫る。主人公は、自身が思い描く理想の外科医。「こうした外科医が増えれば日本の医療は変わる。映画がその一助になれば…」と言葉に力を込める。
《医師であり続けることは、医師になるよりも、何十倍も難しいんだ》
映画の中で、主人公の外科医、当麻鉄彦が発する言葉は、30年間メスを握った大鐘さんの実感だ。「あるべき医者の姿を忘れ、金や地位を追い求める人間が少なくない」。作中の地方病院には、ありふれた一般的な手術も満足にできない外科医も登場するが、「(小説は)半分ノンフィクションといっていい内容。そういう外科医は実際にいる」と断言する。
名古屋市に生まれ、京都大医学部を卒業した大鐘さん。専門分野にとらわれることなく臨床の場に立ち、「エホバの証人」信者の無輸血手術約70件など、困難な手術にも挑んだ上、患者の家族に手術内容を公開するなど、先進的な医療を推し進めた。
「がん患者のゆりかごから墓場まで」をモットーに、埼玉県でホスピスを備えた病院の院長を務めたが、バブル崩壊、経営者の方針転換、仲間の医者の離反などで「志半ば」に終わった経験も。「順風満帆な医者人生ではなかった」。1人の外科医の信念が周りの意識を変えていく「孤高のメス」の内容は、「自分の意では、かなえられなかった医療本来の姿でもある」。
激務の傍ら執筆
10代からロマン・ロランや芥川龍之介を愛読した大鐘さんは、「文学の形で医療をめぐる問題を伝えるのも使命と感じてきた」と話す。外科医の激務をこなす傍ら、専門書や実用書に加え、小説の執筆に時間を割いた。肝臓移植手術の必要性を訴えたいと漫画のシナリオを書き、コミック誌「ビジネスジャンプ(BJ)」編集部(集英社)に作品化を持ち掛けたことも…。1989(平成元)年から4年半、同誌に連載された「メスよ輝け!!」は、単行本約80万部のベストセラーになっている。
しかし連載中から、医学的な説明や登場人物の心のひだを書き込みたいという気持ちが募り、小説版となる「孤高のメス 外科医当麻鉄彦」のペンも執った。臓器移植法の施行(97年)前で、脳死が法的に認められていない時代。タブーとされてきた脳死肝移植を決断する主人公について、「社会的制約や法整備がどうであれ、目の前の患者を救うことに全身全霊を傾ける外科医を描きたかった」と語る。「わたし自身が(小説を)書くことで、外科医としての自分を鼓舞していた面もある」
「見事な手術は芸術品」
映画化の話を聞いた時は、「とても無理だと…。乗り気になれなかった」と明かす。400字詰め原稿用紙2400枚に及ぶ大作だけに、「たかだか2時間の映画に納まるスケールではないと思った」。期待より不安が大きかったというが、「(観賞して)わたし自身の胸に熱いものが込み上げてきた」と苦笑する。「メスはもろ刃の剣という視点は、映画でも貫かれていた」
手術シーンの映像には、医者として感嘆した。「ここまで克明に手術の模様を再現した映画はなかったのでは…」。55歳で手術室から身を引き、今は淡路島(兵庫県)の診療所で地域医療を担うが、「メスを握っていた時を思い出し心臓が高鳴った」と言葉を継ぐ。
「見事な手術は芸術品」と言う大鐘さんは外科医の誇りをヒロインの看護師のつぶやきに込めている。
《こんな美しい手術は見たことがない》
「作品に接し、あこがれを抱いて外科を志す人がたくさん現れれば、この映画は成功と思う」
医者の地方分散を
淡路島に赴き10年以上になる大鐘さんは、「あらゆる患者を診るには経験が必要。年長の医者が地方に分散すべき」と持論を説く。診療の傍ら「孤高のメス 外科医当麻鉄彦」の続編・完結編になる「孤高のメス 神の手にはあらず」を完成させた。笑顔で「続編の方が面白いかもしれない」。
次作以降の構想も膨らませている。「生と死」、「親と子」といった普遍的なテーマを挙げ、「医療にとどまらない作品も書きたい」と話す。
(C)2010「孤高のメス」製作委員会 |
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「孤高のメス」 日本映画
監督:成島出、原作:大鐘稔彦、脚本:加藤正人、出演:堤真一、夏川結衣、吉沢悠、成宮寛貴、余貴美子、生瀬勝久、柄本明ほか。126分。
丸の内TOEI(1)(TEL:03・3535・4741)ほかで全国公開中。
「孤高のメス 外科医当麻鉄彦」(幻冬舎文庫・全6巻・各600円)
「孤高のメス 神の手にはあらず」(幻冬舎文庫・全4巻・各600円) |
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