|
寄席では古典作品、営業先では介護講談が多いという鶴瑛さん。「呼んでもらえれば全国どこでも出前講談に行きます」 |
|
|
|
心が元気になる講談を―。実母、義母の介護経験を持つ講談師の田辺鶴瑛(かくえい)さん(54)は自らの体験を基にした「介護講談」が持ち味だ。モットーは「無理しない、面白がることが大事」という“ふまじめ介護”。現在も自宅で義父の介護をしながら、全国各地に涙あり笑いありの“介護の本音”を届ける。「介護は心を育てる学びの場。きちんと向き合えば介護する側も救われる」と笑顔の介護を呼びかける。
「軍記物や偉人伝など、日常生活から離れた話が王道」という講談の中で鶴瑛さんの介護講談は異色だ。「一人で完ぺき」を目指した介護の挫折や後悔を語れば、そこから学んだ喜びや発見、鶴瑛流「介護の苦を楽に変えるコツ」も。「きれい事は一切なし。それが自分の値打ち」
北海道函館市出身。18歳から4年間、脳動脈瘤(りゅう)で入院する実母に付き添い、30代前半で義母の介護を経験した鶴瑛さん。義母をみとった1990年の秋、「夢の中に“ヒゲの先生”田辺一鶴(09年12月死去)が現れた」。ひょんな縁から一鶴師匠が開く講談師道場に参加した鶴瑛さん。「古典の入門を語る師匠の破天荒な話芸に魅了された」と34歳で弟子入り。腹式呼吸をしながら張り扇で机をたたき、発表会では評価ももらえる…。介護と子育てで心身が疲れていた鶴瑛さんにとって「講談修業は最高のストレス発散だった」。
体験を基に創作
二ツ目昇進の94年、営業先で介護体験を生かした講談を依頼された。当初は実母と義母の介護体験から「介護する側の大変さ」を語った鶴瑛さん。中高年の女性からは「よく言ってくれた」という反応が多く、全国への出前講談も開始した。
各家庭の介護事情を聞く機会も増え、「介護される本人や介護をサポートする専門家の視点にも興味を持った」と高齢者施設の見学や看護師主催の体験講座に参加。「最近の介護を知りたい」と00年にはホームヘルパー2級の資格を取り、介護施設でのボランティアも経験した。今では各地への出前講談は1000カ所以上に。「暗い」「介護なんて」と耳をふさいだ多くの男性が「『明日はわが身』で聞いてくれる」と鶴瑛さん。
義父の介護が転機
「介護をするごとに本音で話せる仲間が増えた。明るく楽しい笑顔の介護を伝えたい」。05年の暮れから始まった義父・晋さんの在宅介護は鶴瑛さんの心と話芸を磨く転機に。
「じいちゃん」と呼ばれる晋さんは認知症で寝たきり、要介護度5―。介護講談を通じて「在宅でみとりたい」と考えた鶴瑛さんが家族を説得、夫と娘の3人で24時間の介護体制を組んだ。とはいえ、まじめな介護が自らの首を絞めた。「腹減った」「助けてくれ」…。昼夜を問わず叫ぶ晋さんに付き合いクタクタになれば、互いの息抜きの時間も争いの種に。晋さんの叫び声に起こされた鶴瑛さんが駆け付けると「遅い」と怒鳴られ、思わず手元にあった手ぬぐいでたたいてしまったことも。
介護は“ついで” 「まず自分の人生大事に」
|
「じいちゃんの介護で家族が一つになった」と鶴瑛さん。「親の老いは自分の老いを考える機会。できる形で子どもや孫も介護に巻き込んで、心を育てる場として向き合ってほしいです」(写真:雨堤康之) |
|
|
「介護は最期が大変。5~10年も続くし、その時頑張ればいい」。介護講談で出会った看護師の助言で介護の力みが取れた鶴瑛さんは、「まずは自分の人生が大事。介護はついで」と考えるように。今では1日3回のホームヘルパーをはじめ、入浴サービスや訪問看護も利用。間食用のパンを食べさせたり、話し相手になったりと家族で担う介護でも「大変な時は逃げ、無理しない」が信条。晋さんの体をかく時は「手のひらを太陽に」の節を一緒に歌い、「♪生きているからかゆいんだ」と笑う。
「罪滅ぼしの時間」
「じいちゃんも、自分自身が認知症を受け入れられず苦しんでいた」と回想する鶴瑛さん。しかし、「ありがとう」と感謝の言葉を繰り返す今の晋さんから「人間の喜びや幸せはこういうものだと学んだ」。ノリのいい晋さんの反応を楽しみながら「次は何をしてあげようかな」とほほ笑む。
「介護は罪滅ぼしの時間。今までの親子や夫婦関係を修復するために生まれる」。鶴瑛さんは介護という時間を、介護される人が残される家族に与える家族再生の好機だと考える。家族の不協和音が出やすい領域と指摘しながらも、「できる形で介護にかかわることで、介護する側が満足するし、救われる」と。実際、ばらばらだったという鶴瑛さん一家の老後の価値観も、「じいちゃんに救われた。家族のきずなが盤石になり、たくましくなった」。また、自分の老いを受け入れる機会になったとも。
鶴瑛さん自身、将来の“ふまじめ介護”をできる範囲で娘に託したという。「自分が老いた時、じいちゃんのように感謝の言葉を言えるのか、文句だけ叫ぶのか今から楽しみ」
|
| |
|