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「ことしはみこしを担ぐよ」。山本さんが暮らす江東区富岡では毎年8月、深川八幡祭が行われる。今年は3年に一度の「連合渡御」が行われ、50基以上の大みこしが大川を渡る |
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「生きることは背負うこと。そこには“縛り”がある」。直木賞作家の山本一力さん(60)はこう話す。3度の結婚と幾度もの転職…。バブル時代に作った億単位の借金を返済するため、40代半ばで小説を書き始めた山本さん。「自らの境遇とエピソードを織り込みながら手探りで書いた」という人生初の小説「大川わたり」が9月、明治座で舞台化される。「家族の支えで今がある」と語る山本さんは「やせ我慢をしながら、逆風の中も前に向かって進むだけ」と、かみ締めるように話す。
小説「大川わたり」舞台化
2002年、「あかね空」で第126回直木賞を受賞した山本さんの作家人生は、今まで背負ってきた負の要素を自ら“確定させる”ことから始まった。
経営していたビデオ制作会社の破たん、莫大(ばくだい)な借金…。「継続する限り自分も周囲も“だませて”しまうが、マイナス面を一度確定させないと物事は前に進まない」と考えた山本さん。親類や友人など「善意で金を貸してくれた相手の痛みの上に自分が乗っかるようで申し訳ない」と自己破産ではなく返済の道を模索したが「勤めても家族を養うだけで精いっぱい。物書きとして成功し借金を返そう」と心に決めた。
創作の支えは家族
過去に広告のコピー原稿やインタビュー記事を書いたことはあったが、当時小説はまったくの素人という山本さん。支えは「唯一裸になれる間柄」「一枚岩になれる」という家族の存在。1章を書くごとに妻が読み「絶対面白い」という“太鼓判”をもらって仕上げた長編小説が「大川わたり」の原型になった。
“やせ我慢”の美学
物語は道を踏み外しかけた江戸、深川の大工・銀次が強い意志を持って立ち直ろうとする姿と周囲の人々とのかかわりを描く。更生を誓い、賭場の親分に借金返済の猶予を願った銀次だが、「20両を返す目的以外で大川(隅田川)の東側に渡れば始末する」という命がけの約束をすることに。
体験が重なる
真っ赤な夕焼けや木材を運ぶ荷馬車に飛び乗り怒られたことなど高知県で幼少を過ごした山本さんは当時の思い出やエピソードを江戸の情景として描く。
執筆当時の山本さんの境遇を思わせる20両という借金は「銀次と自分を重ねたのではなく、ドラマの緊張感を高めるため」ときっぱり話すが、その着想は 94年以降、江東区富岡で暮らす山本さんならでは。「日常の柱である“渡る”をやめるとどうなるか」。愛好する自転車で永代橋を頻繁に渡る山本さんの日常から、江戸、深川の職人が強いられる“縛り”に思いをはせた。定年、病気、介護など誰もが背負う人生の“縛り”。「その人なりの状況に重ねて読んでもらえればいいことだね」
ごまかしは嫌い
同作はある新人賞の最終選考に残り、審査員の一人から「あなたは作品の中で父親を探している」と批評を受けた。両親の離婚で思春期に父親と別れた山本さん。考えてもいなかった指摘に虚を突かれたが「本能の中でおやじを欲しがっていたのかな」と感慨深けだ。
また「落選した瞬間はいら立ちを感じた」が、今では「落ちて運がよかった」と振り返る山本さん。力不足を知ると同時に「世の中は相対(あいたい)で動くんだよな。『おれが、おれが』では相手に通じない」と“他者の目”の重要さに気がつく転機になったとも。
「ごまかしが腹立たしい」。自らの人生を戒めるかのように話す山本さんは陰惨な事件が絶えない現代を「自分を律する“やせ我慢”という大事な美学がない時代」と指摘する。山本作品の中では物語の鍵を握ることの多い渡世人に限らず、登場人物に「男を“男として売る”ために何が必要か」という思いを託す。「『生きる』とは昨日と明日をすれ違い合わせること。今やっていることが人にどう見えるかを常に自分で想像して、『こうじゃないよな』と言う部分をやせ我慢しながらやり続けることなんだな」
団塊世代の一員として「新しいスタンダードを求めていきたい」という山本さん。「数を頼りにできることは多いし、後の世代の遺産になると思う。自分の力でやれることを前に向かって言い続けることが大事」と同世代の“男たち”に熱いエールを送った。
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『大川わたり』
期間:9月5日(金)〜27日(土) 昼・夜2回公演
場所:明治座(地下鉄浜町駅すぐ)
出演:筒井道隆、池上季実子、風間杜夫、江守徹
料金:A席1万2000円、B席5000円
7月26日(土)から電話・ネット予約受け付け開始。詳細は問い合わせを。
明治座チケットセンター
TEL:03-3660-3900 HP:
http://www.meijiza.co.jp/(外部サイト)
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