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「空気を読んで曖昧模糊としたグレーゾーンを自分らしく生きるのが大事」と話す多湖さん |
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いい加減に見えて融通無碍(むげ)、あやふやに見えて柔軟なしたたかさ、優柔不断に見えて悠々の自然体…。「曖昧力」(学習研究社、1470円)の著者で、心理学者の多湖輝(たご・あきら)さん(82)は混迷の時代にこそ「空気を読んでグレーゾーンを自分らしく生きる“曖昧(あいまい)力”が必要」と説く。「頭の体操」シリーズやテレビのクイズ番組の監修などでおなじみの多湖さん。最近では中高年を対象とした著書も多く元気に“したたか”に活動を続けているが「思春期の戦争体験が“曖昧力”人生の原点だった」と静かに口を開く。
転機は戦争体験
大正末期に生まれ、デモクラシーの自由な気風を受けて育った多湖さんは「萩原朔太郎の詩が好きな文学少年で、将来の夢は詩人になること」。ところが昭和になり旧制中学に入学するころになると戦争の色が濃くなりだす。このまま文科系にいれば兵役に就き、死ぬことになると思った多湖さん。当時理科系の学生に対して徴兵延期制度があることを知り、“理転”を決意した。
爆弾の雨が降る中、「どう生きるかではなく、今日死んでも納得できるかを考えていた」と多湖さん。平和を口にすることで処罰される時代、自分の意志を超える戦争という大きな力の前に一種の虚無感を抱き、「正論で生きる難しさを知った。いったんすべてを“あきらめて”、グレーゾーンに折り合いをつけながら生きようと思った」と振り返る。どんな状況にも適応する“曖昧力”を多湖さんが手にする体験だった。
多湖さんによれば、そもそも“曖昧力”とは日本人の生きる知恵だという。例えば暗黙知や以心伝心で継承される職人技、年中行事や冠婚葬祭で見られる寛容な宗教観など、その事例は尽きない。
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『曖昧力』
著書の問い合わせは学研・出版販売部
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したたか”に生きる
ところが最近では、言葉遣いの乱れや狭い興味対象に向かう日本人が増え、住む世界が圧縮されたと指摘する。「伝統や古典を捨てることが自由だと考える日本人もいるけれど、それはおごりだね」
昔は家族全員で歌える小学校の唱歌などがあり世代間の調和もあったという。だが、「今の時代は価値観や生活習慣の共有が難しく、自分のような高齢者は隅に追いやられている気がするよ」と多湖さんは苦笑する。
肩ひじ張らずに
「効率主義や個人の権利意識が増大し、それぞれが勝手に生きてバラバラな方向を見ている。このままだと日本は近いうちに滅びるね」と“あきらめる”多湖さん。とはいえ、「できる範囲で若者に時代のルーツを教えていきたい。正面から向き合う気力や体力はないけれど、『そういう考え方もあるんだね』と受け入れることで」。
60歳を過ぎ長年勤めた大学を退官した後、一時は海外移住も考えたという。しかし日本にいるうちに、執筆やテレビ出演の依頼が続いた。「年齢的に完全な引退を考えている」と言う今も、ニンテンドーDSの謎解きゲーム「レイトン教授シリーズ」の問題監修など“したたか”に曖昧力を実践している。
「これからは“曖昧力”があると生きやすいと思う」。自らの戦争体験と混迷の現代を重ねながら多湖さんは言う。「残り少ない人生だから、こだわっていても仕方がない。あきらめるところはあきらめて、肩ひじ張らずに生きようよ」。柔和な笑みに人生の機微が映る。
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