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世の中に広げる いたわりの心 映画監督/山田火砂子さん |
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「わたしはもともと喜劇役者。映画も面白くなくちゃだめ。いっぱい笑ってください」と山田さん |
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「はだしのゲン」など数々の“社会派”映画を製作してきた山田火砂子さん (75) は夫・山田典吾監督の死後、自らメガホンを取った。監督作品第3弾となる「筆子・その愛−天使のピアノ−」では健常の子、知的障害のある子のみずみずしい表情を映し、“障害児教育の母”と呼ばれる石井筆子の生涯を描いた。筆子同様、重度の知的障害の娘を持つ山田さんは、「娘は無欲の生き方で、心を満たしてくれるわたしの先生」と語る。公開から1年、草の根の力で海外でも上映された同作。「他者に対するいたわりの心を」と山田さんは願う。
東京都出身の山田さんは戦後、女性バンド「ウエスタン・ローズ」で活躍し、舞台女優に。同い年の役者と結婚、妊娠したが、流産の危機に遭い医者の勧めで黄体ホルモンの注射を打つことに。難産の末誕生した長女の美樹さん (44) には重度の知的障害があった。
当時は知的障害者への理解が少ない時代。周囲の視線におびえた山田さんは近所の人から美樹さんを家の中に隠し、「死のう死のう」と考え、毎晩泣いたという。「頭がよくなる」という話を聞けば何でも試したが、「始まったことは終わりがくる」といつしか吹っ切れるようになった。
知的障害の娘から学ぶ
広がる共感、海外でも上映
映画監督の典吾さんと再婚後、プロデューサーとして資金集めに奔走。「はだしのゲン」や「裸の大将放浪記 山下清物語」などたくさんの映画を製作してきた。10年前に夫を亡くしてからは山田さん自ら監督も務める。
みんな“同じ役者”
「筆子〜」の構想は約5年前にさかのぼる。「一番の共通点は知的障害の娘がいること」。華族の娘で皇室とも縁が深く、鹿鳴館の華といわれた筆子 (1861〜1944) は、知的障害の娘を産み育てた母親でもあった。夫の死後、日本で初めての知的障害者の養育施設 (現滝之川学園) を運営する石井亮一と出会い、再婚した筆子。障害児教育に生涯をかけた筆子との共通点の多さに驚いた山田さんは「彼女の人生を世の中に広めたい」と創作を決意した。
30年前、知的障害の子どもたちを撮った「春男の翔んだ空」(主演=永六輔) では健常児の親が知的障害の子どもと自分の子どもが一緒に映ることを拒んだというが、「筆子〜」には全国から200人以上の子どもたちの応募があった。健常の子や知的障害のある子、ダウン症の子も“同じ役者”として100人以上が出演している。
撮影時、山田さんから子どもたちへの演技指導は「自由に、派手にやりなさい」。ほとんどが“ぶっつけ本番”という撮影で、みずみずしい表情がいくつも生まれた。算数の授業風景や、ぶくぶくと勢いよくタライの水で洗顔する場面。太鼓をたたきながら歌うシーンでは自分の頭を楽器に見立てぽんぽんとたたくアドリブも。
夏休みを利用した撮影で猛暑の日が続いたが「撮影中は健常の子が (障害のある子の) 面倒をよくみていた。『いたわる』という心を学んだと思う。主演の常盤貴子さんや市川笑也さんも、撮影の30分前に来て子どもたちと遊んでいました」。
草の根の上映活動
ヒット作を配給会社に手放し苦労した経験から作品は各地で巡回上映を行う山田さん。「監督・製作・上映と全部やるのは自分くらい」と笑い、上映会場に出向くことも多い。
昨年11月にはアメリカ・ロサンゼルスでの上映会も。ダウン症の子どもを持つ在米の主婦を中心に進んだ企画だった。2回の上映で1200人もの観客が集まり、追加上映も決まった。山田さんは「作品を見た1人の人間が多くの人を動かすことを実感しました」。
また、筆子の長女の背中に小石を入れるいじめっ子に対し家政婦が仕返しをする場面では大爆笑が起きたという。
「向こうでは面白ければ笑うんです。俳優として同じ人間として平等に扱ってくれる。日本では知的障害者の出ている作品だと (面白くても) 笑わない人がいますが、あれは逆差別なんですね」
価値観の逆転を
筆子が生きた時代は富国強兵の情勢下。知的障害者の中には、“座敷牢 (ろう) ”で一生涯を送る者も少なくなかったという。山田さんは問う。「生産能力のある人が偉いのですか。牧師のように社会の人の心を満たし、尊敬を集めている人もいる。価値観の逆転が必要です」と。
映画の中には絵を描くシーンも登場する。「知的障害の子は色彩感覚に優れている。障害が重くなるほど“無欲”な存在なんです。生きることに精いっぱいの彼らと触れ合ってください。わたしは娘から心を学ぶために生まれてきました」と山田さんはほほ笑む。
次回作は日本に初めて感化院(現在の児童自立支援施設)を作った留岡幸助を撮ろうと構想を練る。
「こんな大人になってほしいという思いを込めて作っている。だから子どもを撮り続けたいんです」
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