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  横浜・川崎版 令和6年10月号  
実家の居間から見えた高齢社会の様相  映画監督・村上浩康さん

映画「あなたのおみとり」では「母の方が主役かも?」と、村上さんは笑みを見せる。母の幸子さんは「少し毒舌」。カメラの前で「(夫とは)1年間、口をきかなかったことがある」といったエピソードを明かしながらも、夫の世話を懸命に焼く。時には母の相談相手にもなったホームヘルパーらの存在は、「すごく大きかったです」。映画を見た介護関係者からは、「(訪問介護事業所の)教材にしたい」「新人研修で使わせて」との声が寄せられている。村上さんは「これは、僕が予想もしなかった反響です」
「父のみとり」をドキュメンタリーに
 自宅で生涯を閉じた父の「最後の日々」を撮ったドキュメンタリー映画「あなたのおみとり」が現在、都内の映画館で上映されている。在宅を望んだ父、父と時間を共にした母、周りの支えと助け…。監督の村上浩康さん(58)は「ウチの6畳間から日本の高齢社会の問題が垣間見えた」と、自身の実感を語る。そして、「(人の)生命の終わる過程」を間近に見つめる中、「生と死は日常の中にあると、改めて感じた」。父の旅立ちから1年余りたった今の思いをかみ締める。「母と僕が体験した、父の『みとり』を一つのサンプルとして、それぞれの『みとり』『みとられ』に思いを致していただければ…」

 〽いちねんせいになったらいちねんせいになったら
ともだちひゃくにん できるかな…


 昨年7月、村上さんの父・壮(さこう)さんは、仙台市内の自宅で91年の人生の幕を閉じた。臨終の間際、母の幸子さん(87)は夫の枕元で、「一年生になったら」や「七夕」といった童謡・唱歌を歌い聞かせている。壮さんは元小学校教師。児童福祉施設などに勤めていた幸子さんと2人きりのときは、一緒に童謡・唱歌を歌うこともあったという。「父の死後、母からそれを明かされた」と言う村上さんは、笑みを漏らす。

 「共働きで忙しかった両親はよくけんかをしたし、あまり仲の良い夫婦には見えなかった。この年になって親の『意外な一面』を知ることができました」

取材は「一対一」で
 村上さんは大学卒業後、都内の印刷会社に就職したが、やがて映像プロダクションに転職。映像編集の技術を身に付け、フリーの映像ディレクターとして独立した。仕事を請け負う傍らドキュメンタリー映画作りに挑み、2012年に神奈川県愛川町の中津川流域を舞台にした「流 ながれ」で監督デビュー。第53回科学技術映像祭文部科学大臣賞を受賞した同作は、花や虫に愛情を注ぐ男性2人の目線を通して、開発と環境保全の関わりを浮き彫りにした作品だ。

 取材は常に、心ひかれた人との「一対一」。「一番の理由は予算です」と苦笑するが、「時間はかかっても、その方が相手は心を開いてくれる。心の奥底に入れれば、そこから視界が開けてきます」とも。多摩川河口にあった干潟で同時に取材を重ねた連作「蟹の惑星」と「東京干潟」(19年)は「干潟の“住民”の後方から、戦後日本の姿が立ち上がってくる」などと特に反響を呼び、今後の日本映画界を担う人材に贈られる新藤兼人賞金賞に輝いた。「これで堂々と『映画監督』と名乗れるようになった気がします」

「もって3年」
 しかし同じ年、父に末期の胆管がんが見つかり、「(余命は)もって3年」の告知。捨て猫の世話をする写真家に密着した「たまねこ、たまびと」(22年)の取材・編集などを進めながら、東京と仙台を頻繁に行き来する日々が始まった。「妻は仕事で妹夫妻は四国在住。時間の融通が一番利くのは、自営業の僕でした」。だが、治療や看護、介護をめぐって母と口論になることも多く、「帰るのがだんだんおっくうになってきて…、自分の気持ちを前向きにする手段として撮影を思い付いた」と振り返る。初めは作品にするつもりはなかったが、じかに父の世話をする介護スタッフをカメラ越しに見て、「すぐ『映画にしたい』と心変わり」。介護用ベッドが置かれた居間は6畳間と狭く、「それまでは邪魔になると考え、ヘルパーさんらが来ると(居間の)外に出ていた。『プロの仕事』を見逃すところでした」と苦笑する。当初、意識が鮮明だった父はカメラに気付いても何も言わず、「その後も撮影を嫌がることはありませんでした。母は父に向かって『お父さん、映画スターになれるかもよ?』と…(笑)。元気づけるつもりだったみたいです」。

「待遇を見直して」
 父は「最後の40日間」で、少しずつ食事が取れなくなり痩せていくが、世話をする母に向かい「ありがとう」と口にするようになる。母は不整脈の持病に悩み、夫の症状の変化に動揺しながらも、その表情は「むしろ生気を増していくように感じました」。父の元を訪れるヘルパーらとの語らい、「ご近所さん」の助け…。閉じていく命の前で広がる「人と人のつながり」が「母の元気の源になっていた」。実家のある住宅地は高齢化が進み、介護を必要とする人は数多い。村上さんは明言する。「遠慮せずに助けを求めた方がいい」。その上でこう強調する。「若い人が希望を持って『介護のプロ』を志せるよう、もっと待遇を見直すべき。そうしないと“安心して死ねない社会”になってしまう。母も同じ意見です」

「3H1T」
 映画「あなたのおみとり」には、父の遺志を受けた「散骨」までを収めている。村上さんは「病状によっては、ウチのような『普通の家』でも在宅でのみとりができる。事例の一つとして参考になればうれしいです」。

 そして、映画監督としては視線を「次」に向ける。「また、“3H1T”の人と出会いたい」。声を弾ませ、その定義を説明する。「まず『3H』は『人のやらないことを、人知れず、一人で』の、ローマ字表記の頭文字三つ。『1T』は『徹底的に』の頭文字一つです」。「3H1T」に心ひかれる理由を、歯切れ良く語る。「僕もその傾向が強いから」。そして、こう言い添えた。「それは、父と母から受け継いだもの。『みとり』を通して、親への感謝の気持ちは、ますます大きくなっています」


©EIGA no MURA
「あなたのおみとり」 日本映画
 製作・監督・撮影・編集:村上浩康、出演:村上壮、村上幸子ほか。95分。
 19日(土)から、横浜シネマリン(Tel.045・341・3180)で公開。

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