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  横浜・川崎版 令和2年8月号  
“被爆ピアノ”…時空を超えた音に感動  俳優・佐野史郎さん

松江に郷土愛を感じるという佐野さんは、明治の一時期、松江に住んでいた文筆家・小泉八雲の世界観に魅せられ、八雲作品の朗読活動を続けている。また、ソングライター、ギタリストでもあり、昨年はアルバム「禁断の果実」をリリースした
8日公開の映画「おかあさんの被爆ピアノ」に主演
 昭和20年8月6日午前8時15分…、投下された1発の原子爆弾で広島の町は一瞬にして消滅し、多くの人命が失われた。そうした状況下で奇跡的に焼け残った“被爆ピアノ”。8日(土)から公開される映画「おかあさんの被爆ピアノ」は、被爆して弾けなくなったピアノを修復、調律して、トラックで演奏会場に運ぶという活動を行っている調律師の矢川光則さんがモデル。矢川さん役の俳優・佐野史郎さん(65)は戦後75年がたち、よみがえる被爆ピアノの音を聞いたとき、「“時空”を超えた音に感動しました」と話す。

 「被爆ピアノについてあまり知らなかった」という佐野さんは、今回の撮影で被爆ピアノの存在に驚くと同時に、「物体のリアリティーを強く感じました」と話す。「被爆ピアノは硬い木のとてもよい材質で、鍵盤も象牙でした。そんなピアノに存在の力強さを実感しました」。75年前に被爆して今もなお、現役として存在しているピアノ。そのピアノが、かつて日本と米国が戦争を繰り広げ、広島に原爆が投下されたという“歴史の事実”を語り掛けてくるかのように感じたのである。

 調律師の矢川さんが経営する「矢川ピアノ工房」では被爆ピアノを6台所有し、全国1500カ所を超える各地で演奏。さらに、10年以降は国内だけでなくアメリカ・ニューヨークなど、海外でも公演活動を行っている。

ピアノとの「共振」意識
 ノルウェー・オスロでのノーベル平和賞受賞者をたたえる恒例のコンサートでも演奏され、その命の大切さを奏でる平和の音色に大きな拍手が送られたという。

 被爆2世でもある矢川さんから、「被爆者は年々少なくなる。でも被爆ピアノはその音色で原爆のことをずっと伝えていくことができる」と聞いたとき、五藤利弘監督は映画化を思い立つ。佐野さんと武藤十夢(AKB48)のダブル主演で製作された同作。女子大生の江口菜々子は、広島で被爆した音楽講師の祖母のことについて、母から何も知らされてこなかった。しかし、調律師・矢川の活動を通して、被爆ピアノや祖母のことを考えるようになり、自らのルーツを探っていく。

 今作の出演を「やりがいのある仕事だった」と振り返る佐野さん。撮影現場となった矢川さんの工房で被爆ピアノだけでなく、矢川さんがピアノを運んでいるトラック、それに撮影現場に居た矢川さん自身にも、被爆という事実を訴え掛けてくる存在感を感じたという。それらの存在と自分が「どういう波動で共振し合えるか—。音楽を奏でるように演じることができればいいな」と考えると同時に、「矢川さんのふりをするような演技をしてはいけない、と自分を戒めていました」。

 舞台俳優からスタートしてテレビ、映画の映像世界で活躍する佐野さんは、正統派からコミカルな演技まで幅広くこなせる俳優の一人。島根県松江市で代々続く医者の家庭で育ち、中学生のころにはアンダーグラウンド演劇(アングラ演劇)関係の本や「現代詩手帖」、「ユリイカ」などの雑誌を読む少年だったという。

舞台で経験積む
 地方都市にいたためアングラ演劇の舞台を見ることはなかったが、高校卒業後に上京。美学校(中村宏油彩画工房)へ通っていたころ見たのが、唐十郎「唐版 風の又三郎」(74年初演、東京・夢の島)。このときに「今まで見たこともないような衝撃」を受け、俳優の道へ進むようになる。

 イギリスの劇作家、シェークスピアの全作品上演を目指す「劇団シェイクスピア・シアター」創設に参加し同劇団で5年、舞台の経験を積む。そして、唐十郎が主宰する「状況劇場」の門をたたいたのが24歳のときだった。  結局、唐の劇団には5年在籍し「何一つできなかった」という思いを残して退団した。しかし、この挫折感を味わったことで映画やテレビなど映像世界への道が開けていく。

「冬彦さん」で注目
 「状況劇場」退団後に公開された映画「夢みるように眠りたい」(86年)に主演し映画デビューした佐野さんは以来、篠田正浩、五社英雄、実相寺昭雄らの監督作品に数多く出演。そして連続テレビドラマ「ずっとあなたが好きだった」の「冬彦さん」役で全国的に知られるようになる。「知的だが、どこか狂気を宿している」というキャラクターが好評で、当時は、月に200回も取材を受けていたというほど。「映画やテレビドラマの緻密で細かい作業が好きだったし、性に合っていたんでしょうね」。その後も、主に映像世界で活躍を続けている。

 今作の撮影中、映画デビューして間もないころに出演した長崎が舞台の映画「TOMORROW 明日」(黒木和雄監督、88年)で「被爆のことを考えさせられた記憶がよみがえった」という佐野さん。「被爆ピアノを見ていると、果たして歴史上の敗者イコール悪なのか、と考えさせられます」


©2020 映画「被爆ピアノ」製作委員会
「おかあさんの被爆ピアノ」
 監督・脚本:五藤利弘、出演:佐野史郎、武藤十夢、森口瑤子、宮川一朗太、南壽あさ子ほか。113分。日本映画。

 8日(土)から、横浜シネマリン(Tel.045・341・3180)で上映。

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