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「片づけは幸せをつくる」 “スーパー主婦”・井田典子さん |
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「2777点」。井田さんは昨年の引っ越し後、「家の中の物全ての数」を数えた。「スプーンやストロー、石けん、ボールペン、母子健康手帳…、大変でした(笑)」。それでも「平均的な家庭よりは、少ないと思う。数を知ることは、欲望を整理する“枠づくり”になります」。台所の調理台の下の引き出しには、調理器具類が整然と収められている。「物にも帰る場所を決めておく。そうすれば、家族が探しものをすることはなく、散らかるのも防げます」 |
自著で自宅の「整理術」も紹介
“片づけの達人”、“スーパー主婦”—。テレビ番組や講演会でこう紹介される井田典子さん(59)は、片づけを「これから先の人生に必要なものを選ぶ作業」と言い表す。「それは『自分には何が大切か?』といった、内面の対話を促します」。自著「『ガラクタのない家』幸せをつくる整理術」では、昨年引っ越しをした井田さん自身の新居を公開した上で、整理・収納のノウハウだけでなく、「心への効用」も説いている。「家の中のガラクタを減らすことで、心のガラクタも減らせるのでは…。片づけを通して得た、私自身の気づきです」
横浜市の閑静な住宅地に立つ、小さな家庭菜園のある一戸建て。3人の子育てを終えた井田さんは昨年、長女夫妻から同居の提案を受け、その家への転居を決めた。2階建ての1階は、井田さん夫妻の暮らしの場。2階には、長女夫妻とその子ども2人が住む。「2世帯住宅」として互いのプライバシーを尊重しながらも、「まだ幼い孫たちはよく下りてきてくれます。2階から活気のある音が聞こえてくるのもうれしいですね」。先ごろ出版された「『ガラクタのない家』幸せをつくる整理術」では、引っ越しの経緯を想定外の出来事も含め、写真入りでつづっている。「私の『ありのまま』をお見せするのは恥ずかしい。でも執筆は、私自身をあらためて見つめ直す機会にもなりました」
広島市に生まれ育った井田さんは、高校の同級生だった夫との結婚を機に、23歳で川崎市へ。
「新婚時代は間取り2Kのアパートでした」と回想する。自室で学習教室を開いた以外は、「3人のわが子の子育てに一喜一憂する、ごく普通の主婦でした」。
そんな井田さんが15年余り前、「私自身の転機にもなった」と語るのは、長男の素行の問題だった。「中学、高校をサボって遊びに行ってしまったり…、わが子が“不良”になるなんて、考えてもいませんでした」。当初、会社員の夫は単身赴任で不在。途方に暮れながら、「無意識のうちに引き出しの中を整理していた」と苦笑する。「でも、そうしているうちに心が軽くなって…、小学生だった次男から『ママ、楽しそう』と言われました」と振り返る。「目に見えるものを片づけることで、目に見えない心も整えられてくる。長男への言葉も少しずつ変わっていきました」
やがて、「片づけが一番の楽しみになった」。友人・知人の依頼を受け、「片づけのお手伝いをするようにもなりました」と話す。故郷の母親が今も愛読する月刊誌「婦人之友」は、井田さんにとっても、「単なる生活情報というよりは、生き方の道しるべ」。その内容を心に留めた上で、「試行錯誤をしながら、私なりの整理術を考えてきました」とよどみない。
「だ・わ・へ・し」
現在、井田さんが提唱する「だ・わ・へ・し」は、片づけの手順を示す言葉だ。「出す・分ける・減らす」の「だ・わ・へ」を経て、「しまう」の「し」。例えば本なら、全てを1カ所に集めた上で、「小説」「ノンフィクション」「学習書」「ハウツーもの」などと分類する。「そうすることで『自分には何が大切か?』が見えてくる。片づけで大事なのは整理。『整理9割・収納1割』です」。その一方、「要らない物を『ガラクタ』と呼ぶのは、本当は人の身勝手」とも。「人にお譲りするなど、物も大切にしていただければ…」と言い添える。さらに同世代を意識し、こう呼び掛ける。「たまった物は、自分がこの世を去った後、誰かの手を煩わせる。元気なうちの片づけは必須です」
「お手伝いは喜び」
これまでの「片づけ訪問」は200軒以上。「家の中が変われば、人の心と生き方も変わる」との実感を重ねてきた。「片づけの途中から、家に居る人の表情が晴れやかになってくる。それは、私にとっても喜びです」。わが子のための料理作りに熱が入るようになった母親、引きこもり傾向が改善した母子…。井田さんは言葉に力を込める。「片づけは、日々の暮らしを心豊かにする入り口。言い換えれば“幸せをつくる”手段です」
テレビ出演が転機
2010年、NHK総合テレビの情報番組「あさイチ」で、“スーパー主婦”として取り上げられてからは、「ひっそりと生きてはいられなくなった(笑)」。2年前には、NPO法人ハウスキーピング協会「整理収納アドバイザー1級」の資格を取得し、“片づけのプロ”として活躍の場を広げた。「ガラクタのない家」をはじめ著書は8冊を数え、現在は「婦人之友」などに連載を執筆する。「仕事の量も少しは整理しないと…」と冗談めかしながらも、「片づけの現場行きは最優先」と歯切れ良い。「私はこれといった平和運動はしていないけれど、接する人の心が平らかになる手助けならできるかな…」。井田さんの両親は広島で被爆。母方の祖母は、原爆で命を落としている。「少し大仰かもしれないけれど、片づけのお手伝いは私にとっての“平和の祈り”。一人一人の心の平穏が世の中の平和につながっていく—。そう信じて、これからも行動していきます」 |
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