「タンゴの“奥深さ”伝えたい」 歌手・山口蘭子さん
「私の中で音楽にジャンルはないです。ジャンルを超えて“生き方”が音楽と結びついています」と語る山口さんはタンゴ、ラテン音楽だけでなく、シャンソン歌手としても活躍。毎年各地の「パリ祭」にも駆けつける。「実は、エディット・ピアフが好きになったのはタンゴを歌うようになってから。彼女の生きざまと歌に対する純粋性が、私の中ではタンゴの“奥深さ”を経て結び付いたのです」
レコードデビュー30周年、7月に横浜でステージ
「タンゴの“奥深い”魅力を感じてほしい」と語るのは、ラテン音楽、シャンソン、歌謡曲、そしてタンゴの名曲の数々を歌い、今年レコードデビュー30周年を迎える歌手の山口蘭子さん(68)。スペイン語歌唱で国境を越えグローバルに活躍し、2016年には自身の集大成として、アルバム「山口蘭子 BEST OF TANGO〜さらば草原よ」を発表している。7月にはそのCD重版記念として、横浜みなとみらいホールで美声を披露する。「きらびやかに聞こえる曲でも、人生の“表と裏”が歌われています。私にとってタンゴとは、『生きること』の存在そのものを突き詰めたもの。いわば混とん(カオス)であり“無”です。コンサートでは、そのタンゴの魅力を余すところなく皆さんにお伝えしたいです」
哀愁あるバンドネオンの響きと華麗な歌声により、日本で1950年代にブームを巻き起こしたタンゴ—。山口さんは、日本音楽界の片隅で伝承されてきたそのタンゴの魅力を、歌を通し次世代へ伝えたいと語る。集大成のアルバムには、自身がこれまで歌声で紡いできた、本場のアルゼンチン・タンゴ、ヨーロッパのコンチネンタル・タンゴ、そして日本の歌謡タンゴまでも網羅。「全て正統派の歌曲ばかりです。コンサートでは、お聞きいただいた皆さんに、『懐かしい』だけでなく、『タンゴの世界にずっと浸っていたい、もう一度聞きたい』と思わせるようなパフォーマンスを披露したいですね」
山口さんは1951年、山口市で出生。父が“転勤族”で小、中、高校時代は引っ越しや受験にエネルギーを割かれ、クラブ活動などで歌う機会などはなかったというが、「母が『ママさんコーラス』のはしりであり、家庭にはいつも歌声が響いていました。今も歌っているのは母の影響が大きいでしょうね」。
「人生の終わりまで挑戦」
山口さんが歌の道、そしてタンゴと出合うのは人との縁に導かれてのもの。高校時代、歌よりもフランスの詩人ランボーや哲学に傾倒した文学少女だったという。純文学の道を志し大学は仏文科に進学。「だけど私には文章の構成力が…。ならばと学生時代は詩作に力を入れていました」
当時はフォーク全盛時代。自作の詩を弾き語りする姿に憧れた。だが、歌も楽器も全くの素人。大学卒業後、まずは歌唱レッスンを受けたのだが、なんとそこで歌声を認められスカウトされる。シャンソン歌手・芦野宏とともに全国各地で歌声を披露するなど、シャンソン歌手の卵として芸能界入りすることとなったが、ここで運命の転機が訪れる。
“哲学”感じタンゴへ
突然の出合いだった。ある日、音楽評論家・永田文夫主催のタンゴコンサートを聞く機会があったのだが、急転直下でほかの音楽にはないタンゴの魅力に取りつかれる。「『ジーラ・ジーラ』(スペイン語で『回る・回る』)という曲が衝撃的でした。華やかな曲調の中、歌詞の『回る』が転じて、日本的に言えば“無”の世界、哲学を感じたのです!」
山口さんはすぐに永田に“弟子入り”を志願。これまで積み上げてきたフランス語とシャンソンの世界から、スペイン語とタンゴ・ラテン音楽の世界へ飛び込んだ。「スペイン語は一から学びました。スペイン語歌詞でしか言い表せない表現や、タンゴのリズムを崩さないためにもスペイン語習得は必須でした」
ラテン音楽楽団の専属歌手を務めたほか、レッスン漬けの日々を送っていたが、やがて本場の音楽を聴きたいという衝動にかられ、1988年、初めてアルゼンチンの地を踏む。「肌で本場のタンゴを感じてみたかったのです。アルゼンチンは知性と混とんが同居する、まさにタンゴそのもののような国でした」
そして翌年、38歳にしてレコードデビューを果たす。ただしレコード会社からは“売れないから”とタンゴは封印され、歌謡歌手として勝負することに。徐々に実績を積み上げ、1991年、リバイバル曲の「雨に咲く花」を約7万枚売り上げるヒットで、ついにタンゴ解禁を認めさせた。
メキシコでも脚光
その後、中南米やヨーロッパの楽団をバックにタンゴを歌う機会に恵まれたが、2002年、レコーディング先のメキシコで歌声に一目ぼれされスカウトされると、同地のテレビ番組やラジオにたびたび出演。「『オルキディア(スペイン語で“蘭=ラン=”)』の名前でデビューしました(笑)。メキシコでは、『キエレメ・ムーチョ』など3枚のCDアルバムを出したのですが、おかげさまで今でも現地で売れ続けています」
スペイン語で歌いグローバルに活動してきた山口さんだが、最近では歌謡曲のカバー曲も含んだアルバム「愛のタンゴ」(09年)など、日本語での歌唱も意識的に増やしているという。「母の死がきっかけでした。長くスペイン語で歌っていましたが、日本語での表現にどこかで渇望してたのでしょう。せきを切ってあふれてきた感じです」
山口さんの目標は生涯現役で歌い続けること。「人生の終わりまで挑戦を続け、自らの音楽の方向性を突き詰めたい。スペイン語と日本語、両方の歌唱でこれからもタンゴの魅力伝えていきます!」
♪アルゼンチン・タンゴ コンサート♪ 〜山口蘭子・CD重版記念〜
7月2日(火)午後1時半、横浜みなとみらいホール(みなとみらい線みなとみらい駅徒歩3分)小ホールで。
予定曲:「エル・チョクロ」「パリのカナロ」「愛のタンゴ〜愛は喜び 愛は涙」「さらば草原よ」「ラ・クンパルシータ」ほか。演奏:「チコス・デ・パンパ」(バンドネオン・北村聡、バイオリン・永野亜希、ピアノ・宮沢由美、コントラバス・佐藤洋嗣)、ダンス:高志&めぐみ。
全席指定5400円。問い合わせはインターナショナル・カルチャー Tel.03・3402・2171