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  横浜・川崎版 平成22年12月号  
幕末も今も心の時代  映画監督の森田芳光さん

「生活が苦しくなる場面もあえて楽しくユーモラスに演じてもらいました」と語る森田監督
映画「武士の家計簿」公開
 刀ではなく、そろばんで、一家を守った侍がいた—。幕末から明治にかけて、算用者(会計係)として加賀藩に仕えたある武士の家族の物語が公開中だ。タイトルはずばり「武士の家計簿」。監督は「失楽園」「阿修羅のごとく」など数々のヒット作を送り出してきた森田芳光さん(60)。「今は物の時代ではなく心の時代。それをわきまえて助け合えば、暗い時代でも全然怖くないと思います。映画でも猪山家は途中から貧乏になりますが、その中でどうやって人間として生きるかがこの映画の大事なところ。明るくユーモアを交えて演じてほしい、と指導しました」と語る。

 映画の原作は、「武士の家計簿—『加賀藩御算用者』の幕末維新」(磯田道史著・新潮新書)。御算用者とは、会計専門の下級武士のことを指す。300年続いた体制が崩壊した幕末に自分の仕事を淡々とこなし、家族で助け合いながら生き抜いた武士がいた。それがこの映画の主人公、猪山直之だ。

 不安要素の多い現代と激動の幕末期。その点は意識したと言う。

 「今はやっぱりみんな暗いですからね。でも考え方ひとつ変えるとか、家族がしっかりとした核を持ち、助け合う人たちがいればたいしたことはない、と思います。生活が苦しくなると暗い画面になりがちなところを、あえて明るくもって行くよう仕向けました」と森田監督は話す。

 主人公の直之を演じるのは、NHK大河ドラマ「篤姫」で一躍時の人となった堺雅人。見栄や建前を捨て、知恵と工夫で財政危機を乗り越える猪山家の長男になりきった。直之は実直で「硬い」男。幼い息子にも厳しく算用をたたき込む。

 現代からすると直之は少し厳しすぎるような気もするが、森田監督は「父親はあれぐらいでちょうどいい」と笑う。

 「直之はいわば、ぼくのあこがれのおやじの形ですね。ぼくも父に怒られたりしたかったし、父からいろんな技術を学びたかった。今の子どもたちも同じように思っているのでは」と投げかける。

 脇を固める役者勢も豪華だ。道楽家の明るい両親を松坂慶子と中村雅俊、直之を献身的に支える妻を仲間由紀恵が好演。「役者の素の部分を役柄の上から引き出して化学変化を起こすのがぼくのやり方」とする森田監督の選りすぐりのメンバーである。特に着物を愛する浪費家の母を演じる松坂慶子ははまり役だ。

 「松坂さんはどこかとぼけたところがあるんですよ。いろんな経験をされて物事の機微が分かる方。四角四面ではないところが今回の役にぴったりだと思いました」

映画作りの源は“欠乏感”
 森田監督は、こういった映画製作の話をする時が一番楽しそうな顔になる。映画作りが心底から好きなのが感じられる。

 デビュー作「の・ようなもの」を撮ってから29年。森田監督がこれまでに撮った作品は20本を超える。ジャンルを問わず、変幻自在に新しい趣向の作品を作り上げる姿勢に常に注目が集まる。

 森田監督の映画作りの源は「日常的な欠乏感」だと明かす。

 「ぼくは時代の変化に対して泳げないほうじゃないですね。電気製品も新製品が好きだし、新しい考え方にもあんまり抵抗感はありません。でもこれだけいろんなものが出来ていても、まだ足りないものがある、とも思う。そういう欠乏感が映画作りのきっかけになることが多いです」

 現在60歳。大ベテランの域に入ったことには、「野球で例えると直球が持ち味だったピッチャーが技巧派になってきた感じでしょうか。まだ直球が投げられるのか、技巧派になりつつあるのか微妙な辺りにいますね」と分析する。

 とは言っても、年月に左右されない部分もあると述べる。
 「“人を描く”ということに力を入れている点は、デビューの頃から一貫して変わらないです。映画は人に会いに行くものだと僕は思っています。だからこそ、正確に、深く、人物を演出できる監督でありたいですね」

 鋭い眼光と、映画に対する情熱が印象的な人だった。まだまだ快進撃は続く。


(C)2010「武士の家計簿」製作委員会
「武士の家計簿」
出演:堺雅人、仲間由紀恵、松坂慶子、草笛光子、中村雅俊ほか。129分。
横浜ブルク13(TEL.045・222・6222)で上映中。

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