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  横浜・川崎版 平成22年8月号  
森が“うつ”から救ってくれた  作家/光野桃さん

「山や森の初心者には御岳山、変わったコースが希望なら函南、旅をしたい方には戸隠がお薦め」と話す光野さん。(静岡県の函南原生林にて、写真は光野さん提供)
 
   
ハイキングガイドを出版
  6月に、初心者向けハイキングガイドブック「森へ行く日」(山と渓谷社)を出版した作家・光野桃さん(54)。「母親の在宅介護を終えてうつ状態になったわたしを救ってくれたのが森の散歩でした」。同書では散歩にぴったりな関東近県の11の森を紹介している。また、森を歩き続けるうちに得たさまざまな出会いも記している。「生きている以上、不安なことが当たり前。だからこそ本当に楽しいこと、自分の喜びを大切にするべき。そんな生き方のヒントが森にあるのです」と語る。

「初めて森を歩いたとき、母の介護でからからになった心と体に、水々しさが染みこんでくるような気がしました」と振り返る光野さん。

 「森へ行く日」には、光野さんが実際に歩いた11の森が紹介されている。御岳山ロックガーデン、真鶴半島自然公園、鎌倉アルプスといったおなじみのものから、函南原生林や草津の森の癒やし歩道、戸隠森林植物園といった少し遠方の森も。カラー写真も満載で、巻末には詳細な説明も付いている。

 
山と渓谷社・1680円。
大型書店などで発売中。
   
 38歳で「おしゃれの視線」(文春文庫で発売中)を出版して以降、光野さんはおしゃれ指南本を多数、執筆してきた。作家になることは長年の夢で、念願のデビュー後は仕事漬けの毎日だった。しかしいつしか無理が重なってうつになり、休筆した。「大きな挫折でした。自分は競争に負けた、敗北者だと思いました」

 夫の赴任地である中東で3年を過ごした後、倒れた母親の介護のために日本へ帰国する。在宅介護は過酷で、今度は「介護うつ」になった。そんな光野さんの体調を心配していた長年の友人が、ある時山歩きに誘ってくれた。

 「『よく分からないけれど、声をかけてもらったのだから行っておくか』という気持ちで、手を引かれるように山梨県の西沢渓谷に行きました。ここはとてもよくできたトレッキングパスで、最初は体力のないわたしでも歩ける平たんなコースで、最後にちょっとした山場があってそう快感も味わえる。完全に、はまりました」。それからの光野さんは、週末ごとに東京近隣の山に通いつめる。

“ゆっくりたたずめる森”探す
 山の天気は変わりやすいので、登ったらすぐに下山する。慌ただしいが、目標とゴールが明確で、達成感を味わえる。その感覚に病みつきになったが、ある時ふと、「これではうつになる前と変わらないのでは」と気付き、がく然としたという。

 一瞬の達成感を求めてまた次の目標を作り、自分を追い込む、そんな生き方はもうやめたい。がんがん登るよりも、森の気配を味わいながら歩きたい—。

 それ以後、光野さんは「ゆっくりたたずめる森」を探し始める。


カラー写真も満載
 
   
 「森へ行く日」につづられている森で出会った人とのエピソードの中でも特に印象的なのが、長野県の戸隠で出会った若い神主との会話だ。何かと暗い話が多い昨今を憂いた光野さんは、神主に「不安定なことが当たり前」と諭されたのだ。農耕民族の日本人は雨風に左右されながらも、作物を育て生き続けてきたのだ、と。

 「出版業も本当に大変で、わたしもいつまでこの仕事ができるのか分からない。不安と隣り合わせの生活ですが、それでいいんだと思えたら強いですね」。

 そして、熟年の生き方についてこう投げかける。

 「これからの時代、もう『こうすれば大丈夫』というように保険を掛けた生き方はもうできないと思います。だとしたら、心からの喜びを持って生きていくしかないのではないでしょうか」

 特に女性は、50代以降、親の介護や更年期など次から次に何かが起こる大変な時期。いろんなことに疲れたら、森へ行ってみよう。

 「人気のない木の下で、ふと気付くことがきっとあるはず。ぜひ、森へ出掛けてみてください」
みつの もも
 1956年生まれ。雑誌編集者を経てイタリアに在住後、「おしゃれの視線」で作家デビュー。主な著書に「おしゃれのベーシック」「感じるからだ」(ともに文藝春秋)などがある。朗読を中心としたイベント「桃の庭」も主宰。次回は11月27日(土)。申し込みはHPからのみ。
http://mitsuno-momo.jp

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