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  茨城版 令和4年11月号  
心のひだ 音で震わす  ピアニスト・小山実稚恵さん

今春、「チャイコフスキー国際コンクール」は、ロシアのウクライナ侵攻を受け、国際音楽コンクール世界連盟から除名された。同コンクール入賞が世界へと羽ばたくきっかけとなった小山さんは、「今、世界で活躍するロシアの音楽家は、世界を見て知っているわけだから、間違いなく私以上に心を痛めています」と語る。「芸術家も時代と無縁ではいられない。今はウクライナに早く平和が戻ることを願っています」
11月13日、シューベルトのプログラムでリサイタル
 雲間からの柔らかな光—。人気、実力ともに日本を代表するピアニスト・小山実稚恵さん(63)は、シューベルトの曲を「光の情景」になぞらえる。13日のリサイタルは“オール・シューベルト・プログラム”。これまで「12年間・24回リサイタルシリーズ」などで豊富なレパートリーを聞かせてきたが、「ピアノ曲の数は膨大。一生で弾ける曲は限られる」と苦笑する。それだけに、「プログラム作りは大切」。今はシューベルトの曲に、旋律の美しさ以上の魅力を見いだしている。「すごく繊細な『光』は心のひだを震わせ、いつしか安らぎをもたらしてくれます」

 「12年間・24回リサイタルシリーズ 小山実稚恵の世界」(2006〜17年)と、「ベートーヴェン、そして…」全6公演(19〜21年)。2つの長期シリーズを“完奏”した小山さんは「実は『やり遂げた!』という感慨はあまりないんです」と、柔らかな笑みを見せる。「音楽に始まりはなく終わりもない。私の演奏活動も似た感じかな」

 そんな小山さんが「どうしてもひきつけられてしまう」と言うシューベルトは31年の短い生涯の中、ピアノの名曲も数多く残している。

 小山さんはかみ締める。「私の年齢の半分以下で…、信じられない話です。それが今は60代でも『これからだ!』。私はありがたい時代に生きています」

日本人では唯一
 仙台市に生まれた小山さんは3歳のとき、岩手県盛岡市に引っ越し。やがて、おもちゃのピアノに夢中になり、6歳でピアノを習い始めた。「(父親が)ごく普通の公務員の家。英才教育では全然なかった」。中学3年生のとき、父親の転勤に伴い東京へ。東京藝術大学音楽学部付属高校を経て、東京藝術大学・同大大学院に進学。大学院1年生だった1982年、チャイコフスキー国際コンクールで3位入賞を果たし、一躍脚光を浴びている。プロデビューした85年には、ショパン国際ピアノ・コンクールで4位入賞。「チャイコフスキー」と「ショパン」双方で入賞歴を持つピアニストは、日本人では小山さんだけだ。以来、ソロ演奏に加え、国内外のオーケストラや著名指揮者と共演するなど、世界を舞台に活躍。ただ、時間の制約や主催団体の意向もあり、「演目はどうしても限られがち」と話す。弾きたい曲は人気の有名曲だけでなく、「大好きな曲、興味のある曲、難解だけどすごい曲…、いろいろです」。ひそかに「12年間・24回」のプログラムを作っていたが、「半ば面白がって書いた趣味みたいなものでした」と言う。だが、複合文化施設「Bunkamura」の知人と顔を合わせた際、「この話をポロッとしたら、『やりましょう』と…」。バッハ、ベートーベン、シューマン、ショパン…。「12年間・24回」で取り上げた作品は、作曲家29人による123曲に上る。「その中には、もちろんシューベルトも入っています(笑)」

「微細」の妙味
 「ベートーヴェン、そして…」では、ベートーベンと関わりの深い作曲家のピアノ曲も演奏。ベートーベンを敬愛したシューベルトの作品には「すごく微細な変化が施されている。そこが昔以上に大好きになっている理由の一つ」と話す。「言葉に例えると『これはいいね』と『いいね、これ』くらいの違い。でも、『それ!』と分からなくても、心には残ります」。13日のリサイタル「親愛なるシューベルト」では、シューベルトが死の直前に書き上げた傑作「ピアノ・ソナタ第21番」を後半に置き、前半は「即興曲 作品90」などからえりすぐった名曲を聞かせる。自宅の愛猫の話題でこぼれるような笑顔を見せ、その笑顔のまま演奏に臨む姿勢を語る。「楽譜に込められた(作曲家の)感性や思いをくみ取り、昇華させる気持ち。それができなければ、自分には(演奏家の)価値がありません」

震災後の確信
 「音楽の力は、やっぱりある」。東北に生まれ育った小山さんは、東日本大震災の直後、「あまりの衝撃に放心状態になった」と明かす。それでも発生2カ月後から、岩手・宮城・福島の「被災3県」で、自身の企画による訪問演奏会を開催。多くの人々が耳を傾ける中、「特に子どもは聞き方が違った。(演奏に)心が“わーっ”と向く瞬間が分かりました」と言葉に力を込める。「少しは(被災者が)前を向くお手伝いができているのかな。被災地の活動は後半生のライフワークです」

 35年を超すキャリアを踏まえ、「これから」にも目を向ける。「弾いてきた曲の中から大好きな曲を選び、深めていくこともしたい。今度の『親愛なるシューベルト』には、その思いも込めています」。「12年・24回」で毎回のテーマカラーを決めた経験から、“雲間からの光”の「色」も言い表す。「柔らかな銀色とクリーム色かしら?2色が混じり、溶け合っていくような…、温かくて優しい音楽をお届けします」。大震災、コロナ禍、ロシアのウクライナ侵攻…。「何があるか分からない世の中」と言いながらも、柔和な笑みを絶やさない。「だからこそ、音楽は常に聴く人に寄り添いたい。そう思い定めると、私にもますます力が湧いてきます」


©ND CHOW
♪小山実稚恵ピアノ・リサイタル「親愛なるシューベルト」
 13日(日)午後3時、Bunkamura(JR渋谷駅徒歩7分)オーチャードホールで。

 予定曲:フランツ・シューベルト「『楽興の時 作品94』より」、「『即興曲 作品90』『即興曲 作品142』より」、「ピアノ・ソナタ第21番変ロ長調」。

 全席指定。S席6000円、A席4500円。Bunkamuraチケットセンター Tel.03・3477・9999

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