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神秘的風景を映し出す「風景窓画」と名付けた300号の自然の名画 |
隠れた名館、国外からも
大洗海岸の風景の美しさは、昔から多くの芸術家の創作意欲を駆り立てるものであった。横山大観、棟方志功、山村暮鳥、正岡子規、皆この地を訪れ感銘を受けたという。日本のもっとも日本らしい所といわれるこの風景も、地元の人々には身近すぎて見慣れているため、見逃されがち。しかし、大洗町磯浜の榎本英輔さん(79)は「自然の風光美は芸術の原母体であり、必ず人々に感銘を与えるものである」と考え、「大洗美術館」を造った。個人で営む小さな美術館ではあるが、著名人や国外から訪れる人も多く、隠れた名館となっている。
榎本さんは、40年以上も昔、当時西ベルリンの市長だったブラント氏の招待で、「ベルリンの壁」の視察に西ドイツに行った。空爆の危機もある中で、自国の最高のもてなしをと、美術館や博物館に案内してくれたことに感激した。またその帰路、まだ好きな国に自由に行けない時代背景の中、仏・ルーブルを始め多くの美術館を見学した。「美術に国境はない」と感じ、日本に来る海外の人にも喜んでもらえるような美術館を造れないかと考えた。
ヨーロッパなどでは古くからの建物がその土地の空気にしっかりなじみ、溶け込んでいる。それを再利用して美術館にすることが多い。
榎本英輔さん |
当時はまだ3代続く旅館を経営していた榎本さんにとって、この旅館こそが美術館の条件に最適の建物であった。旅館の窓から大洗磯前神社の鳥居が正面に見える。この美しい景色は、かの日本画の巨匠・東山魁夷画伯が奈良の唐招提寺の障壁画製作の折に滞在し大いに気に入ってくれたこと、また日本の近代化に貢献した大実業家・渋澤栄一氏の4男で、昭和の文化に多大な貢献を果たした秀雄氏が、小学5年生のころに土浦・水戸・大洗を写生旅行したスケッチ画を生前寄贈されていたこと、そして絵画・陶磁器・文房四宝(筆墨硯紙のこと)・写真・工芸作品など多くの収集品があったことから1984年「大洗美術館」をオープンさせた。
そしてこの美術館の最大の作品が、名勝大洗の代表的な海景を金製額縁に窓画し、刻々と変化する神秘的風景を映し出す「風景窓画(ふうけいそうが)」と名付けた300号の自然の名画である。
部屋から見るいわゆる借景の窓画であるが、「Fuukeisouga」は日本語のまま海外のガイドブックにも多く紹介されている。
「人間は一人一人が固有の美術館を自分の眼の中に作るもの。死を持って閉館するその美術館にどのような絵を描くことができるのか、人によってすべて違う人生というその風景を、この美術館で考え味わって帰って欲しいと願っています」と話す榎本さん。
そんな榎本さんの一番好きなこの窓からの眺めは、日の出寸前、巨大なエネルギーの塊である太陽が音もなく太平洋山脈と呼ぶ180度のキャンパスに今昇ろうとする日の、空の輝きだという。
「この自然の織り成す光の芸術に、美の極限の世界と感じる。この瞬間の素晴らしさは自分一人で味わい楽しむに限ります」。「田舎の美術館」と謙そんしながらも「人生のひととき、世の中の喧騒を離れ、ゆっくり物思いながら『窓画』を独り占めできる世界一ぜいたくな美術館」と榎本さんは胸を張る。休館日は水曜・木曜。コーヒー付き500円
問い合わせはTEL.029・266・2637 |
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