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  埼玉版 令和6年4月号  
「憧れの舞台」で、戦争の真実問い直す  俳優・演出家 ラサール石井さん

「晩年、井上先生がお住まいだった鎌倉(神奈川県)に3年前から住んでいます」と話すラサール石井さん。鎌倉には井上の墓もあり、足しげく墓参りに通っているという。「今回も、稽古に入る前に行ってきました。公演初日の朝も、行ってご報告してこようと思っています」
井上ひさし生誕90年、晩年の代表作「夢の泪」に出演
 劇作家・小説家の井上ひさし(1934〜2010)の「大ファン」という俳優・演出家のラサール石井さん(68)が、6日から始まるこまつ座「夢の泪(なみだ)」で主演、弁護士・伊藤菊治役を演じる。井上の生誕90年という節目に上演される同劇は、井上晩年の代表作「東京裁判三部作」の第2作。東京裁判(極東国際軍事裁判)の被告人、元外務大臣・松岡洋右の弁護士を通して、「戦争の真実」をあらためて問うている。ユーモアと音楽をふんだんに盛り込んだ同劇でラサールさんは「井上先生のメッセージを、笑いと歌にのせて伝えたい」と話す。

 「こまつ座に参加するのは『円生と志ん生』(2017年)の志ん生役をやって以来で、望外の喜びです。また今回、念願だった栗山(民也)さんの演出に初参加するのも身の引き締まる思い」とラサールさんは話す。

 こまつ座は、1983年に井上ひさしが座付き作家として立ち上げ、翌年、「頭痛肩こり樋口一葉」で旗揚げした演劇制作集団で、井上ひさしに関わる舞台を専門に作り続けている。「東京裁判三部作」の2作目となる「夢の泪」は、03年、新国立劇場で初演(演出:栗山民也)されてから20年以上を経て、こまつ座での初上演となる。

 「俳優として井上作品に出演するのが夢でしたし、今回、出演できるのは名誉なことだと思っています」と話すラサールさんは、井上ひさしへの熱い思いを語る。「子どものころからNHKの人形劇『ひょっこりひょうたん島』(原作:井上ひさし・山元護久、1964〜69)を見るなどしていて、井上先生の作品は大好きでした。これまでにエッセーから小説まで、井上先生の著書はほとんど読んでいますし、舞台もたくさん見ています」

刻苦勉励に感嘆
 コラムなどを執筆しているラサールさんが、繰り返し読んだという本が井上ひさし著「初日への手紙〜『東京裁判三部作』のできるまで」(白水社)。同書は、東京裁判三部作の構想から台本執筆までの過程を、井上の膨大な手紙、ファクスでのやりとりなどから明らかにしている。「この本を読むと、先生がいかに命を削って東京裁判三部作を執筆したかが分かります。東京裁判に関する膨大な資料を読むだけでなく、それらを全て手で書き写しているんですから」と、井上の刻苦勉励(こっくべんれい)ぶりに思いをはせる。

 「夢の泪」は終戦の翌年、46(昭和21)年4月から6月にかけての時期、新橋駅近くの焼け残ったビルの1階にある「新橋法律事務所」が舞台。弁護士・伊藤菊治と妻の秋子はA級戦犯・松岡洋右の補佐弁護人になるのだが、調べ始めてみると、東京裁判そのものの意味や弁護料のことなど、複雑な事情が山積みであることが分かってくる…。

 稽古を重ねるにつれラサールさんは、芝居のせりふが今の日本にもピッタリ当てはまることに驚く。「例えば、終戦直前に政府の指示で重要書類がことごとく焼却されたと明らかになるんですが、これなどは最近の書類改ざんや破棄を連想させます。能登半島地震発生後の対応の遅れもそうですが、当時も今も政府の体質は変わっていないし、すぐに忘れてしまうという国民性も変わっていません」

上京も“すれ違い”
 ラサールさんは、大阪市住吉区で両親が総菜店を営む家庭に生まれ、兄と姉がいる3人きょうだいの末っ子として育つ。子どものころからテレビのお笑い番組が大好きで三木のり平や大村崑に憧れ、よく彼らの物まねをしていたという。将来はお笑い芸人になりたかったが、中学校に入ると「自分よりも面白いやつがたくさんいる」といったん、その夢はしぼむ。当時、放送作家の青島幸男がテレビで活躍しているのを見て刺激を受け、「自分も放送作家になってテレビに出よう」と将来の夢を軌道修正。名門ラ・サール高校(鹿児島)入学後も井上の小説が発表されるたびに読み、3年のころには、東京で劇団テアトル・エコーが井上の戯曲「日本人のへそ」を舞台でやっていることを知る。早稲田大学(第一文学部)に進学して間もなく、「(テアトル・エコー講師だった)井上先生から直接指導を受けられる」と勇んで、同劇団養成所1期生として入所。しかし、そのとき、既に井上は同劇団を去っていた。

 井上に憧れて東京に出てくるほどのファンだったラサールさん。だが、生前の井上に会えたのは、ラサールさんが総合司会を務めたラ・サール高校創立50周年記念で井上が講演に来たときと、ある雑誌で対談した2度だけ。「井上先生が生きているときに、先生の芝居に出るなどして関わりたかった」

演劇に軸足移す
 しかし、このとき同劇団養成所に在籍していた渡辺正行、小宮孝泰と共にお笑いトリオ「コント赤信号」を結成。80年、「花王名人劇場」でのテレビデビューを機にバラエティー番組を中心に活躍する。その後、俳優や舞台演出・脚本で才能を発揮するようになり、原案・作詞・演出を務めたミュージカル「HEADS UP!」(15年)で第23回読売演劇大賞優秀演出家賞を受賞したほか、ミュージカル版「こちら葛飾区亀有公園前派出所」(16年)では主演・脚本・演出を務めた。

 近年では、お笑い芸人としてよりも演劇人としての活動が中心のラサールさん。「25年以上前から年7本ものペースで多くの演劇に出演し、演出してきました」と話す。そんな彼が60歳を過ぎたころから、「この先、いつまで生きられるか」と残りの人生を意識するようになった。すると、「やれるところまでやってみよう」と逆に意欲が湧いて痛む膝を人工関節に換えるなど、加齢により衰えた体のメンテナンスに努めている。「舞台をあと何本やれるか分かりませんが、『これは!』と思う作品には自分から手を挙げてでも関わっていきたい」。そんな大切な舞台の一つが、今回の「夢の泪」だ。

こまつ座 第149回公演「夢の泪」
 6日(土)〜29日(月・祝)、紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA(タカシマヤタイムズスクエア南館7F、JR新宿駅徒歩5分)で。

 作:井上ひさし、演出:栗山民也、音楽:クルト・ワイル、宇野誠一郎、出演:ラサール石井、秋山菜津子、瀬戸さおり、久保酎吉、粕谷吉洋、朴勝哲ほか。

 全席指定。一般昼公演8800円、夜公演7000円。全24公演(うち夜公演5回)。問い合わせはこまつ座 Tel.03・3862・5941

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