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定年時代
 
  埼玉版 令和6年1月号  
個人を通して時代を描く  劇作家・演出家 永井愛さん

永井さんの父親で画家の永井潔(1916〜2008)が練馬区早宮に建てた自宅兼アトリエは現在、改修を経て「永井潔アトリエ館」として公開されている(原則土曜日開館)。永井さんは「私もここで育ちました」。後方の絵画は、永井潔が二兎社公演(92年)のために描いた、ポスター・チラシの原画だ。2003年のイラク戦争開戦直前、永井さんは「パートタイマー・秋子」と、もう一つ別の作品の執筆を並行させていた。「時間がなく、外に出るに出られない中、当時90歳近い父からも『反戦アピール行動に行くべきだ』と言われました」
12日から舞台「パートタイマー・秋子」上演
 個人を通して時代を描く—。劇団「二兎(にと)社」を主宰する劇作家・演出家、永井愛さん(72)の信条だ。国歌斉唱強制や報道の自由…。代表作のテーマから「社会派」といわれるが、「私が見つめているのは『人間』です」と歯切れ良い。「社会問題の中には、人間のドラマがある」。12日から都内で上演する「パートタイマー・秋子」も喜劇でありながら、格差拡大という社会問題を背景にする。小さなスーパーマーケットの従業員が目先の欲得に揺れ動くさまは、「今、私たちが生きる社会と重なる。人ごとではなく“自分ごと”として見ていただけたらうれしいです」

 生鮮食品の日付を変えてパックをし直す「リパック」、従業員による商品のちょろまかし、いじめ…。「パートタイマー・秋子」の劇中のスーパーマーケットでは、こうした行為が日常になっていた—。

 《見ちゃいましたけど、いけないんじゃないですか?》

 沢口靖子演じる新人パート従業員は、初めこう口にするが、やがて…。

 永井さんは「スーパーで働く人から聞いた『内緒話』をもとにしました」と明かした上で、こう続ける。

 「でも、単にスーパーの不正を告発する意図はない。どこにでもいそうな普通の人たちが『正気』と『正義』を手放していく姿を通し、見てくださる人に『あなたならどうしますか?』と、問い掛けるような作品です」

現実は想像を超える
 永井さんの父親は、戦地で重傷を負い、治安維持法違反で検挙されたこともある画家・永井潔。練馬区の自宅兼アトリエ(現・永井潔アトリエ館)には、「日本国憲法(の条文)が貼られていました」と回想する。自身は桐朋学園大学短期大学部(現・桐朋学園芸術短期大学)演劇専攻を卒業後、俳優に。曲折を経て30歳のとき、劇作家の大石静と共に劇団「二兎社」を旗揚げした。アングラ演劇全盛期、「私たちは背伸びせず、普段使っている言葉で芝居をしようと…」。2人の作品を交互に上演し、自作の演出にも挑んでいる。

 1991年の大石退団後は、単独主宰に。戦後日本を庶民の目線でつづった“戦後生活史劇三部作”など、社会批評性のある舞台で高い評価を得た。「この頃から『個人を通して時代を描く』という意識が鮮明になってきました」。05年には都立校における事実上の国歌斉唱強制に違和感を抱き、「歌わせたい男たち」を発表。17年からの“空気シリーズ三部作”では、政権への忖度(そんたく)といった「報道の自由の危機」にも切り込んでいる。

 永井さんは取材で得た事実から、劇作を派生させる。例えば「ザ・空気 ver.3 そして彼は去った…」(21年)は、政府の日本学術会議会員任命拒否問題が“下敷き”だ。政権や組織の上層部からの圧力もある中、使命感と保身のはざまで葛藤するジャーナリズムの現場…。「私の想像を現実は超える。メディアもスーパーも、その点は同じです」

「世界も描く」
 「パートタイマー・秋子」は非正規雇用が急増し続けていた03年、他の劇団に書き下ろした作品だ。同年のイラク戦争開戦直前、「非戦を選ぶ演劇人の会」立ち上げに関わった永井さんは、「締め切りに追われ、反戦アピール行動に行けなかった思い出がある」と苦笑する。ただ、「国家や企業の論理が人心を荒廃させる恐れは、国際社会でも小さなスーパーでも、舞台の大小を問わず共通する。個人を通して“世界”も描く—。そう自分に言い聞かせて机に向かっていました」。今、自身の演出で「二兎社公演」を決めた理由をこう話す。「格差はますます広がり、『ばれなければいい』というモラル崩壊も進んでいる。『この物語は今も生き続けているな』と…」

 主人公の樋野秋子は都内の高級住宅地で「セレブ」な生活を送っていたが、夫が失業したため、自宅から遠く離れたスーパーで働き始める。正義感が強く世間知らずなところもある秋子は他のスタッフから浮いてしまう一方、大手企業をリストラされ、この店で働く貫井とは「元セレブ」同士とあってか、次第に心を通わせる—。

 決して「ハッピーエンド」とはいえない“辛口喜劇”だが、永井さんは「それでも(人間の)美しいところはあって、私はそこを輝かせたい」と話す。物語の最後、貫井との対話から、秋子が得た気付き…。「それは救いであり、『このままじゃないよね?』という希望です」

 永井さん自身、日本の未来を楽観してはいないが、「ここにも希望はあります」と明言する。旧ジャニーズ事務所(現・SMILE—UP.)の性加害問題や、性被害を巡る「#Me Too運動」などを例に挙げ、「これらが人権問題として広く認知され、一人一人が声を上げるようになってきた。それは時代の進歩です」。そして、これからの自身の劇作・演出に目を向ける。「社会問題の中に潜む、人間のドラマの『もと』はまだまだたくさんある。新しい年もチャレンジしていきたいです」

「パートタイマー・秋子」
12日(金)〜2月4日(日)、東京芸術劇場(JR池袋駅徒歩2分)シアターウエストで。全28公演。昼公演は午後1時開演、夜公演は同6時開演。

 作・演出:永井愛、出演:沢口靖子、生瀬勝久、亀田佳明ほか。

 全席指定。一般昼公演8000円、同夜公演7000円。問い合わせは二兎社 Tel.03・3991・8872(平日午前10時〜午後6時)

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