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定年時代
 
  埼玉版 令和5年9月号  
“認知症、共生の鍵は「リスペクト」  放送作家・小西マサテルさん

自室で執筆用のパソコンに向かう小西さん。今も時折ここで、亡き父の日記帳を開く。「幻視で一番多かったのは虎。父は病識を得てから、『見えても無視するぞ』などと日記に書いている。“闘い”の跡が残っています」。主に10代半ば〜20代半ばの若者を指す「Z世代」といった言葉も好まない。Z世代の特徴は、「社会的関心は高いが安定志向」などといわれるが、「周りが“レッテル貼り”をしたいだけでは…」と考える。「世代間の分断を図るようで抵抗がある。みんなが仲良くすればいいんです」
レビー小体型認知症の父をモデルにミステリー小説
 認知症の祖父が、孫娘の持ち込むさまざまな「謎」を解き明かしていくミステリー小説「名探偵のままでいて」。放送作家として長く活躍する小西マサテルさん(58)は、同作で「このミステリーがすごい!」大賞に輝き、“小説家デビュー”を果たしている。「名探偵」のモデルは「レビー小体型認知症(DLB)」を患っていた亡き父だ。5年を超す介護を通して得た実感をかみ締める。「一番大事なのはリスペクト(敬意)。認知症になっても、人の尊厳は変わりません」。創作の動機の一つをこう語る。「誤解が多いこの病気について、理解を深めていただければ…」

 「ナインティナインのオールナイトニッポン」や「明石家さんまオールニッポン お願い!リクエスト」…。小西さんはラジオ番組を主に、台本執筆や進行のかじ取りなど、「お笑いの黒子役」を担ってきた。特に、お笑いコンビ「ナインティナイン」との“共演”は30年近く。初めてのミステリー小説執筆と「第21回『このミステリーがすごい!』大賞」応募の考えを明かされたナインティナインの岡村隆史は、「原稿を読ませてもらえますか?」。昨年の応募直前、岡村の指摘を受け、ある重要人物の描写に手を加えた。「目の付けどころがさすがでした」。大賞受賞作は今年に入って単行本化され、謎解きの面白さと相まって反響を広げている。

「父と2人だけに」
 香川県高松市に生まれた小西さんは、中学2年生のときに病弱だった母親を亡くし、「父と僕が残された」。アガサ・クリスティらのミステリー小説をむさぼるように読み、「自分も推理小説を書こうと夢見ていた」と回想する。ただ、高校では爆笑の声にひかれて落語研究会へ。笑いの渦の中心にいたのは、後に「ウッチャンナンチャン」を結成する南原清隆だった。「お笑い」のとりこにもなり、高校卒業後、南原の後を追うように上京。お笑いとミステリーの共通点をよどみなく語る。「波乱を予感させる発端、中盤の急展開、劇的な結末。そして何より『人間』が描かれていなければなりません」  明治大学入学後は、友人と漫才コンビを組みステージへ。卒業前から、大学の先輩であるコメディアン・渡辺正行の計らいで、「放送の仕事をさせていただくようになった」と言う。

 渡辺には「名探偵のままでいて」の創作を構想段階で話し、助言を得た。「『安楽椅子探偵ならスタイリッシュに』と…。それで、外見はモデル(父親)と少し違う(笑)」

一時期、劇的に改善
 放送作家としては、今も複数のラジオ・テレビ番組を担当する多忙な日々。漫画のノベライズ(小説化)を手掛けたことが一度あるが、「ミステリー(執筆)には手を付けられなかった」と苦笑する。小西さんの上京後、父親は高松の実家で一人暮らし。10年ほど前から「手が震える」などの異変を聞くようになったが、「初めは認知症と気付かなかった」と振り返る。今も拭えない苦い記憶も。「物が二重に見える」との訴えが「斜視」と診断され、目の手術。「本当はDLBだから良くなるはずがない」。DLBの最大の特徴は、あるはずのないものがまざまざとそこにあるように見える「幻視」だ。「今思えば『物が二重に』は前兆だったかも。そのうち、青い虎が出てきたり、『(東京にいる)僕が来ている』とヘルパーに話したり…」と言葉を継ぐ。2015年にDLBと診断されてから、父親は実家を離れる決断をして都内の福祉施設へ。その後、認知症専門医と相談の上、いったん“断薬”。「それから父に合いそうな薬を少しずつ処方していただいた」。症状はわずか1カ月で著しく改善し、近くのゴルフ練習場に通うほどに。DLBの「病識」も得て、「わしが死んだ後のことも相談しておきたい」。小西さんは強調する。「現実から目をそらさなかった父とほぼ毎日接して、リスペクトはむしろ増した」。生前の姿を懐かしむ。「好きな阪神の試合をテレビで見て、『ここは投手交代やね』とか、“采配”がズバズバ当たる。これは名探偵ならぬ名監督やなと…(笑)」


(宝島社・1540円)
二つの思い“結実”
 20年1月、84歳での旅立ちをみとってから、「僕の小説のテーマはDLBしかない」。DLBは幻視に加え、動きが悪くなるなどの症状(パーキンソニズム)もあって、「実際より、はるかに『重症』と思われがち」と指摘する。ミステリー創作の夢、父の病気の正しい知識を広げたいという願い…。「この二つが合わさり形になったのが、『名探偵のままでいて』です」

 物語は、元小学校校長の祖父と、祖父に憧れ小学校教師になった孫娘・楓(かえで)を軸に展開する。目黒区に住み「碑文谷さん」と呼ばれる祖父は、症状の浮き沈みはありながらも、“密室殺人”や“人間消失”といった「謎」に挑み、鮮やかな「回答」を導き出す。そして、危機に襲われた楓を救おうとする中、自身も怒りに駆られ、激情と理性のはざまで揺れ動く—。


 小西さんは「(作中の)祖父の知性のきらめきと行動は、現実にもあり得る範囲」と明快だ。「認知症になっても人間性が壊れることは一切ない」。「老害」という言葉の乱用をひどく嫌う。「例えば、老いてなお権力の座にしがみつけば『老害』かもしれない。でも、電車の中でよろけただけで『老害』とか、言葉の曲解、歪曲(わいきょく)があまりに多い」。作品には、そんな風潮にあらがう意志も込めている。「年寄りという言葉には“神に寄る”という意味合いがある。日本はもともと長生きを素直に喜び、尊ぶ社会だったはずです」

 現在は「名探偵のままでいて」の続編を執筆中だ。「次も少し切なくて、心温まる物語にしたい」。落語を自ら演じることもある小西さんは、こう続けた。「ミステリーの形を取った人情噺(ばなし)も、いずれは書いてみたいです」

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