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  埼玉版 令和5年5月号  
ドイツ歌曲、語るように歌う  バス・バリトン歌手・平野和さん

ドイツ・リートとオペラを「活動の二本柱」と考える平野さんは、「どちらも単に声が良いだけでは駄目。表現力と作品の本質をつかむ力が大切です」と強調する。ただ、音楽のジャンルが多様化する中、「繊細な表現も持ち味のドイツ・リートは、ヘッドホンなどで聞き流すのには不向きかも…。公演が以前より減ってしまっているのは、すごく残念です」と言う。8月の自身のリサイタルのA席の料金設定(1500円)は、「まずはドイツ・リートを“生”で聞いてほしいという思いから。その魅力をじかに感じていただきたいです」
8月、都内でリサイタル開催
 “音楽の都”ウィーンを拠点に活躍するバス・バリトンの平野和(やすし)さん(45)は8月、ドイツ・リート(歌曲)のリサイタルを都内のホールで開催する。「詩と音楽の融合」ともいわれる曲の数々を「語るように歌います」。自身の活動も封じられたコロナ禍の中、恩師の感染・急逝に衝撃を受け、「生と死」に深く思いを巡らせた。「人の心の奥深い世界に分け入るドイツ・リートは、僕の心のよりどころとあらためて確信しました」。リサイタルを控え、意気込みを語る。「その素晴らしさ、神髄を母国・日本の人たちと共有したいです」

 新型コロナウイルスが全世界で猛威を振るい出した2020年春、声楽家・末芳枝の訃報が平野さんの元に飛び込んできた。末は、平野さんの日本大学芸術学部在学時に、「僕をドイツ・リートの世界に導いてくれた恩師」。コロナ禍当初はオーストリア政府のロックダウン政策のため、ウィーン在住の平野さんは、公演出演はおろか移動もままならず、「結果として『生きる意味』をじっくり考える時間を得た」とかみ締める。「自身の内面との対話を促すドイツ・リートは、ここでも僕に生きる指針を示してくれた」。世界、そして人と人の「分断」が危惧される中、言葉に力を込める。「今こそ歌われるべき芸術です」

 横浜市出身の平野さんは、父親の仕事の関係で3歳の頃、相模原市に移り、中学2年から高校卒業まで、千葉県君津市で青春時代を過ごしている。中学では野球部員だったが、「合唱部の“助っ人”を引き受け、運命が変わった(笑)」。日本大学在学中、ウィーン国立音楽大学声楽科のロートラウト・ハンスマンにも才能を認められ、日本大学卒業後に渡欧。ウィーン国立音楽大学声楽科を経て同大学院オペラ科に進み、ドイツ・リートの第一人者ロベルト・ホルにも師事している。平野さんと同じバス・バリトンのホルは、詩の読み込みを重んじ、「歌うことは、常に話すことの延長です」。大学院を首席で修了後、2007年に歌手デビュー。やがて歌劇場「ウィーン・フォルクスオーパー」の専属歌手となり、「フィガロの結婚」でタイトル・ロールを務めるなど、オペラ公演の主要な役を任されてきた。さらに、「僕の核」と位置付けるドイツ・リートの公演にも積極的に出演。その特徴を「文学と音楽による生き方の追究」と言い表す。代表例はミュラーの詩にシューベルトが曲を付けた「冬の旅」。歌われるのは、恋人が去り、雪と氷に覆われる凍(い)てついた世界…。しかし、平野さんはそこに「ほのかな希望」を見いだしている。「苦難の中でも歩み続けるという、不屈のメッセージが込められているのでは…」。フォルクスオーパーとの契約変更もあって活動を世界に広げ始めた21年、日本では初のソロ・リサイタルを開き、「冬の旅」全24曲を歌い上げた。「感性に直接働き掛ける歌曲は、国境を超えて人の心を震わせると、あらためて実感しました」。確かな手応えを得て今年初め、妻でピアニストの平野小百合と共に初のCDアルバム「シューベルト:冬の旅」をリリースしている。

「母国は格別」
 「欧州デビュー15周年」と銘打った8月のリサイタルでは、自身の「軌跡と未来」をテーマに、「原点の曲、人生の節目に出合った曲、そして『歌手としての理想像』に近付くため、避けては通れない曲を(プログラムに)散りばめた」。「冬の旅」の1曲である「菩提樹」など、日本人になじみ深い名曲も。「僕を育ててくれた人、待っていてくれる人がいる日本でのステージは、やはり格別。感謝の気持ちを胸に、ステージに向かいます」

「70代で到達点に」
 男性の話す声の音域に近く、「落ち着きと、くつろぎをもたらしてくれる」といわれるバス・バリトン。185センチの長身から発せられる歌は声量に富み、よく「日本人離れしている」と評されるが、「僕はまだまだ自分の喉を“楽器”として育てている段階」と言う。「繊細な表現、作品の本質をつかむ力にも磨きをかけ、70代で理想の境地に到達したい」。目を輝かせ言葉を継ぐ。「それがドイツ・リートの素晴らしさを、一人でも多くの人に伝える結果となればうれしいです」

©武藤章
平野和(左)、平野小百合:ピアノ(右)
♪平野和 欧州デビュー15周年記念 バス・バリトン・リサイタル♪
 8月3日(木)午後7時、渋谷区文化総合センター大和田(JR渋谷駅徒歩5分)さくらホールで。

 予定曲:ベートーベン「『6つの歌』より『蚤の歌』」、レーベ「『3つのバラード』より『魔王』」、シューベルト「『冬の旅』より『菩提樹』」、同「魔王」、同「野ばら」、シューマン「『リーダークライス』より『森の対話』」、ブラームス「バスのための4つの厳粛な歌」ほか。ピアノ:平野小百合。

 全席指定。S席5000円、A席1500円。ジャパン・アーツぴあ Tel.0570・00・1212
◆ CD「シューベルト:冬の旅」◆
 日本アコースティックレコーズ・3080円

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