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映画やテレビ、ラジオへの出演のほか、落語の枠から飛び出しさまざまな挑戦を続けるたい平さん。コロナ禍の過酷な時期でもチャレンジを続け自分を磨き続けているという。「『たい平にこれをやらしてみたい』というオファーがあればできるだけ応えさせていただいています。その得難い経験が落語にフィードバックされることを信じていますから」。そんな流れから過去にはオリジナル曲も発表しており、今回の映画でもその美声を披露する。「納得するまで、現場で20回くらいリテークして歌い直しました(笑)」 |
映画「でくの空」主演、心の再生表現
長寿番組「笑点」(日本テレビ系)でおなじみの落語家・林家たい平さん(57)。毎週、大喜利ではほかのメンバーとともに朗らかな笑いを届けている。そんなたい平さんが笑顔を封印し主演に臨んだ映画「でくの空」が、舞台となった秩父地方で全国に先駆け上映されている。亡くなった人への後悔と喪失感に打ちのめされた人たちが、淡々と流れる日常や周りの人たちの思いやりに徐々に癒やされ、少しずつ前を向いていくヒューマンドラマだ。「笑いの少ないシリアスな筋立てですが、それは僕のライフワークである落語の人情噺(はなし)『芝浜』も一緒。普段の落語と同じく、『見に来た人みんなに幸せになってほしい』という一念で演じました」
映画「でくの空」は心の再生の物語。電気工事店を営んでいた周介は、従業員の事故死によって店を畳み、父のもとに身を寄せて、亡くなった従業員の母、冴月の世話を焼くが、彼女は頑として周介とは打ち解けない。姉の営むよろず代行業で働くことになった周介は、世の中の隙間に湧くさまざまな困りごとの中に投げ込まれる—。
映画ではとぼけた空気でクスリと笑わせるシーンもあるが、たい平さん演じる周介は、事故とはいえ従業員を死なせてしまった自責の念からほぼ笑顔を見せない。「生きていれば多かれ少なかれ日の当たる部分と陰の部分が人間にはあると思います。だから暗い人を演じていたわけではなくて、その人の中に必ずある温かさを感じられるようにという思いで演じました」
「人生の機微」
たい平さんは、島春迦監督の長編映画では前作「おくれ咲き」(2018年)に続き主役を務めている。「周介は、僕が主演することを前提に島監督が作り上げた役柄。だから一つのことを考え出してしまうと抜け出せないとか、人に迷惑をかけないように生きようとか、自分に通じるものがたくさんあり、役にすっと入っていけました」。そして、今回の映画は「人生の機微」に触れていると続ける。「人生はままならないもの。でも、そこを受け入れる柔軟な心と、そこから立ち直っていく強い力を感じ取っていただけたらうれしいですね」
たい平さんは1964年、埼玉県秩父市で誕生。実家はテーラー(紳士服の仕立て業)。日曜日には「笑点」が始まると、家族、従業員が多忙の手を休めてテレビの前に集まる“「笑点」一家”に育った。
たい平さんはほほ笑む。「紆余(うよ)曲折あって落語家になりましたが、あのころテレビで見ていた(林家)木久扇師匠、(三遊亭)円楽師匠(六代目)、小遊三師匠、好楽師匠と伝統ある番組で共演できているのは光栄です」
落語の力に衝撃
大学は当初、美術教師を目指し武蔵野美術大学に進学し、デザインを専攻。また、当時から落語研究会に所属していたが、“人を幸せにする”という「デザインの使命」に魅せられ、デザイナーを志望するようになった。自分のデザインでどう人を幸せにできるかと考えていたときにラジオから流れた、柳家小さん(五代目)の「粗忽長屋」を聞き感涙。「言葉しか聞こえてこないのに頭の中に美しい絵が描かれ、心が晴れやかに…。落語の力に衝撃を受けました。そして“人を幸せにする”という一点で見れば、デザインと落語は同じ。自分と同じ感動を多くの人に知ってもらうには自分が落語家になるしかない!」
そして88年に単身、林家こん平に弟子入り。住み込み修業に耐え、92年には27歳で二つ目になるなど頭角を現し、00年に35歳で真打ち昇進を遂げる。「師匠にはすごく厳しくしつけていただきました。そのおかげで今の自分があると思っています。『芸人は人に愛されることが大切』—。師匠のこの教えは大きな財産です」
「笑顔をつくる仕事」
全身全霊でとにかく人を楽しませたい、初めて聞いた人でも落語を好きになってもらいたいと一生懸命温かな笑いを届けるたい平さん。その気持ちが醸し出す世界観は「たい平ワールド」とも呼ばれている。「僕らは笑顔をつくるのが仕事。笑顔は人それぞれが生きていくうえでパワーになると信じていますので、皆が笑顔になるお手伝いを一生懸命したいというだけですよね」
04年、難病となった師匠の代役の座をかけた「若手大喜利」で優勝し、「笑点」の大喜利に初出演。06年から正式にレギュラーメンバーとして、現在もお茶の間に笑いを届けている。
このごろは多くの若手落語家が台頭、テレビに映らない寄席口演が好評を博し落語人気も定着してきたが、「笑点」の役割はまだまだ重要だとたい平さん。「『笑点』は今も多くの人にとって落語のショーウインドー。特に地方の人たちにとっては『笑点』がなければ落語家というものを目にする機会をなくしてしまいます。落語界にとって、とっても大切な番組だと思っています」
コロナ禍の現在、多くの人が肩を寄せ合って大笑いする寄席の日常を完全に取り戻すのは難しそうだが、たい平さんは断言する。「僕は悲観的に考えていません。『WITHコロナ』を否定するつもりはありませんが、そこで思考停止せずに元通りの世の中に戻そうとすることが一番大事。事実、皆が知恵を出し合い戻りつつあります。そしてこうやって人の分断があるからこそ、落語を聞いて人と人とのつながりのすばらしさを、落語のすばらしさを再認識していただければありがたいですね」 |
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「でくの空」 日本映画
監督:島春迦、出演:林家たい平、結城美栄子ほか。90分。
ユナイテッド・シネマ ウニクス秩父(Tel.0570・783・808)で先行上映中。ユナイテッド・シネマ ウニクス上里(Tel.0570・783・150)は12日(金)から上映。 |
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