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埼玉版 令和3年11月号
地球に優しく、「生きる力」育む…手仕事
生活史研究家・小泉和子さん
実家でもある「昭和のくらし博物館」の玄関入り口に立つ小泉さん。母親の小泉スズさん(1910〜2001)は92年、脚の骨折のため寝たきりになり、長女の小泉さんが自分の家に引き取った。「無人になった後は実家の処分も考えた」。現在は「昭和20年代後半から30年代前半までの庶民の暮らしを体感できる」との評判が定着し、何度も訪れる人が少なくない。「残しておいて本当に良かった。新型コロナが収束したら、もっとたくさんの人に来ていただきたいです」
撮影:藤田浩司
ドキュメンタリー映画「スズさん」出演
戦前・戦中・戦後の暮らしを母娘の視点でつづったドキュメンタリー映画「スズさん〜昭和の家事と家族の物語〜」が、6日から都内で上映される。専業主婦として生きた母の“スズさん”を敬慕する生活史研究家・小泉和子さん(87)の証言と、空襲や家事の記録映像から成る作品だ。生前の母の「手仕事」を映像に収めていた小泉さんは、「電気をどんどん使うような生活は、人の『生きる力』を弱くし、やがて地球を食いつぶす」と警鐘を鳴らす。「昭和の暮らしに戻る必要はないけれど、当時の手仕事からくみ取るべきことは、たくさんあります」
東京都大田区の住宅街にたたずむ「昭和のくらし博物館」。「もともとは私たち家族の住まいです」と、小泉さんは笑みを見せる。1951(昭和26)年建築の木造2階建て。設計は建築技師だった、小泉さんの父親だ。政府の文化財保護審議会専門委員を務めたこともある小泉さんは現在、国登録有形文化財の「実家」をこう評価する。「昭和20年代、住宅金融公庫の融資を受けて建てられた『公庫住宅』の典型として極めて貴重」。99年、家具や日用品をあえて残した上で「博物館」とし、自身は館長に就いている。「最も残りにくく、かつ軽んじられるのは、一番身近なはずの庶民の暮らし。『丸ごと未来に…』と考えました」
「戦争も映画のテーマ」
東京・小石川に5人きょうだいの長女として生まれた小泉さんは大戦末期の45年5月29日、家族と共に身を寄せていた親戚の家で、横浜大空襲に遭っている。目の前に落ちた焼夷(しょうい)弾が不発だったため、「11歳で死なずにすんだ」。幼い妹を背負い、すぐ下の妹の手を引いて逃げ回る中、機銃掃射の標的となった。「(米兵)パイロットのゴーグルがはっきり見えた」
東京・小石川に5人きょうだいの長女として生まれた小泉さんは大戦末期の45年5月29日、家族と共に身を寄せていた親戚の家で、横浜大空襲に遭っている。目の前に落ちた焼夷(しょうい)弾が不発だったため、「11歳で死なずにすんだ」。幼い妹を背負い、すぐ下の妹の手を引いて逃げ回る中、機銃掃射の標的となった。「(米兵)パイロットのゴーグルがはっきり見えた」
戦後は仮住まいを経て新築の家へ。女子美術大学を卒業後、家具の会社で働いたのを機に、家具の歴史の研究に打ち込み始めた。論文が評価され、東京大学建築史研究室の研究生に。82年には小泉和子生活史研究所を設立し、重要文化財建造物の家具・インテリア復元などに実績を上げた。工学博士号を取得し、「道具が語る生活史」(朝日選書)など、多数の著書を著す中、「母の時代の手仕事は、質量ともにプロの仕事とあらためて感じた。それが急速に忘れ去られつつあることも…」。90年、記録映画「昭和の家事」の製作に入り、当時80代の“スズさん”が実演する「洗い張り」や「おはぎ作り」、「半纏(はんてん)作り」といった家事を収録した。“スズさん”の転倒による骨折のため、撮影は予定の半分ほどで中止となったが、13の家事の収録時間は13時間28分に及ぶ。小泉さんは映像と音声に込めた思いを語る。「単に映すだけでなく、道具の使い方や手仕事の具体的な手順を、『見た人が分かるように』と苦心した」
大本は「昭和の家事」
今回公開される映画「スズさん〜昭和の家事と家族の物語〜」は、「昭和の家事」のフィルムが「大本」だ。元NHKディレクター・プロデューサーの大墻(おおがき)敦が「戦前・戦中・戦後を生きた小泉家の“ファミリーヒストリー”と絡めてドキュメンタリーにしたい」。防空防災訓練、2度の疎開、建物強制疎開、横浜大空襲…。関連する記録映像が映し出される作中で自身の戦争体験を振り返った小泉さんは、「手仕事に加え、戦争がこの映画のもう一つのテーマになった」と話す。「戦争を自身の体験としてはっきり記憶しているのは(日本では)私たちの世代が最後。継承は難しいけれど、していかないと…」
戦後も病弱な父親に代わって家族を支えた“スズさん”は2001年、91歳で亡くなっている。「博物館」になる前の実家で撮られた家事の映像からは、「母の『生きる自信』が伝わってくる。人の役に立っているという喜びが自信の源だったと思います」。小泉さん自身、「母のまねはとてもできない」と苦笑しながらも、「人は便利さに頼り過ぎると知恵と感性が鈍り、『生きる力』まで衰えてくる。もちろん『男女を問わず』です」と指摘する。「オール電化ではなく、昭和30年代の“ハーフ電化”くらいが、現代に生きる私たちにとっても程がよい。それは、地球に優しい生き方だし、第一、手を動かすことは老化防止にもなりますよ(笑)」
「老化の記録」
間もなく「米寿」を迎える小泉さんは5年ほど前から、自身の「老化の記録」を付けている。「手を動かすだけでなく毎朝6千歩歩いたり、ストレッチ体操をしたり…。なのに、できることは減ってくる」。それでも、2008年には「家具道具室内史学会」を設立。コロナ禍で苦境にある博物館の運営にも力を注ぎながら、旺盛な執筆活動を続けている。「私たちの世代は終戦後、何もないところから、手探りで面白いものを探してきた。そうして出合った研究テーマを掘り下げれば掘り下げるほど、知りたいことと知っていただきたいことが増えてくる」
©映画「スズさん」製作委員会
「スズさん〜昭和の家事と家族の物語〜」 日本映画
監督・撮影・編集:大墻敦、出演:小泉和子、語り:小林聡美。86分。
6日(土)から、ポレポレ東中野(Tel.03・3371・0088)ほかで全国順次公開。
「昭和のくらし博物館」(東急池上線久が原駅徒歩8分)は、金・土・日曜日、祝日に開館。午前10時〜午後5時。一般500円。同館 Tel.03・3750・1808
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