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  埼玉版 平成29年9月号  
せりふを生かす“居方”の演技  舞台女優・三田和代さん

三田さんが重視する「居方」は、日常の言葉として使われることはまずない“舞台用語”。「私が調べた限り、国語辞典にも載っていない。『舞台でのありよう』を突き詰めて考えた末に思い付いた、私の造語かも…」。観客の視線のほとんどが、せりふを発しているほかの役者に向く中でも、「絶対、気は抜けない。役者にとって舞台は(走り通しの)マラソンのようなものです」
10月、「トロイ戦争は起こらない」に出演
 役者としての活動のほとんどを舞台に充てる三田和代さん(74)は「私がやりたいのは言葉の演劇」と明言する。その上で、せりふや派手な動きがないときの演技を「居方(いかた)」と言い表す。「居方が良くないと、せりふが生きてこない」。10月の舞台「トロイ戦争は起こらない」では、平和を求めるトロイの王妃役。だが、とうとうと反戦の弁舌を振るうわけではない。「短いせりふに切なる思いがにじむように…。大変な難役と考えています」

 「映像の仕事も、実は好きです」。江戸時代の伊達騒動を描いたNHK大河ドラマ「樅の木は残った」(1970年)、ラーメンを主題にしたコメディー映画「タンポポ」(85年)などに出演した三田さんは笑みを見せる。「ただ、舞台の方が役の幅は広がる。あるときは破廉恥な女、あるときは地味でひっそりとした人(笑)」。役柄のえり好みは一切しない。「どんな役でも演じ切ってみせる—。私は役者という稼業には、その覚悟が必要と考えています」。作品の時代背景、役柄を自ら調べ、徹底的に台本を読み込む。「字句の記憶だけでは『せりふを覚えた』などと言えない。稽古をして、稽古をして、(せりふが)自然に口から湧き出るくらいにならないと…」

 大阪市出身の三田さんは「子どものころからなぜか芝居好き。小学生のときには台本を書いた」とほほ笑む。関西学院大を中退し、俳優座養成所に入所。同期には村井國夫、高橋長英、小野武彦、そして亡くなった原田芳雄、地井武男、林隆三…。「才能がきらめいていた“花の15期”です」と懐かしむ。3年間の研修を経て66年、トロイ戦争後を描いた舞台「アンドロマック」でデビューした。

「経験、通用しない」
 その後、劇団四季に所属。長く連れ添った俳優・岸田森の助言もあり、活動の軸を舞台に据えた。だが、岸田をみとった2年後の84年、劇団四季の上演作品がミュージカル主体になってきたため退団した。「40歳を過ぎていたので勇気がいりました」

 フリーになってからも、「多くの出会いに恵まれた」。井上ひさしの薫陶を受け、「紙屋町さくらホテル」など10以上の井上作品に出演している。「磨き上げられた言葉のやりとりの面白さをあらためて感じた」。菊田一夫演劇賞(91年度)や2度の読売演劇大賞最優秀女優賞(98年、01年)など、数々の受賞歴を持ち、2年前には旭日小綬章も受章している。「名舞台女優」の評価は揺るぎないが、キャリア50年を超す今もステージに立つたび、「経験は役に立たない」と痛感する。「役柄、演出、劇場、観客…、芝居は日々、変わる。経験が『邪魔』と感じるときさえあります」

「技術ではない」
 10月上演の「トロイ戦争は起こらない」は、ホメロスの叙事詩で有名なトロイ戦争の開戦前の物語。主人公であるトロイの王子は戦争回避に向け、ギリシャ側とぎりぎりの交渉を展開する。三田さんは「46年前、この作品でトロイの王子の妻・アンドロマックを演じた。デビュー作といい、トロイ戦争とは縁がありますね」。ただ、「今年の方が“わくわく感”は強い」と声を弾ませる。「46年前、『将来やりたい』と思った役が、今度のエキューブです」。主人公の母でもあるトロイ王妃・エキューブは、冗談や皮肉を口にする。「でも、心の奥底には反戦の強い意志がある。重層的な心理構造を持つ女性です」

 せりふの多くは、ごく短い。「長く話せるとき以上に、前後の居方が大切になってくる。例えば、どんな感情で『いいんじゃない!』という一言を発したのか、観客の心に伝えられれば…」。表情や所作といった演技の技術は、「居方の良しあしに、それほど関係しない」とも。「いかに役の人間になり切れるか…。役者というのは、あたかも体験したかのように自分の心を感じさせていかなきゃならない奇妙な商売です(笑)」

 「トロイ戦争は起こらない」は第2次世界大戦開戦の予感が高まる1935年、フランスで書かれた作品だ。だが、三田さんは「戦後72年の今、日本で上演することが怖いくらいタイムリーに思える」と苦笑する。日本の集団的自衛権行使に反対の立場を取るなど、時代の“潮流”に危機感を抱くだけに、言葉が熱を帯びる。「ささいなことがきっかけで戦争が起きてしまうという現実を描いた舞台。対立をあおる言動が目に余る今だからこそ、上演の価値がある」。ウイットに富んだやりとり、辛味の効いた皮肉など、笑いの要素も織り込まれているが、「劇の根底には、平和への祈りが流れている」と指摘する。「楽しんだ後、戦争と平和について思いを巡らせていただければうれしいです」


©Satoshi Yasuda
「トロイ戦争は起こらない」(新訳上演)
 10月5日(木)〜22日(日)、新国立劇場(京王新線初台駅直結)中劇場で。全21公演。

 長年にわたる戦争を終結に導いたトロイの王子・エクトールは、妻の元に帰り平和を喜ぶ。しかし、エクトールの弟・パリスは、ギリシャの王妃・エレーヌに心を奪われ、彼女をトロイに誘拐してしまう。激怒したギリシャ国王は「エレーヌを帰すか、それともギリシャ軍と戦うか」。戦争回避を主張するエクトールは、ギリシャの知将・オデュッセウスとの会談に臨む—。

 作:ジャン・ジロドゥ、翻訳:岩切正一郎、演出:栗山民也、出演:鈴木亮平、一路真輝、鈴木杏、谷田歩、三田和代ほか。全席指定S席8640円〜B席3240円。同劇場ボックスオフィス Tel.03・5352・9999

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