|
|
少女漫画からレディースコミックへ 漫画家・牧美也子さん |
|
|
|
「女性が大人になったら性格も多様化していくし描いていて面白い」と話す牧さん。しかし、おのずと求められるのは描き手と編集者、出版社のモラルだという。「作品が受ければいいわけではありません」 |
24日まで、画業60年展開催
漫画家として約60年のキャリアを持つ牧美也子さん(79)。少女向け漫画でスタートし30歳を過ぎたころから大人の女性向け漫画(レディースコミック)に活躍の場を移した。そんな牧さんの初の展覧会「少女漫画からレディースコミックへ—牧美也子の世界展」がさいたま市立漫画会館で24日(月・振休)まで開催中だ。少女漫画家として活躍した後、レディースコミックの先駆者となった牧さん。「自分に忠実に、描きたいものを描いてきました」と、漫画人生を語る。
神戸生まれで姫路や大阪などで育った牧さん。夫は「宇宙戦艦ヤマト」などで知られる漫画家、松本零士さんだ。
「小さいころから絵を描くのが大好きで、紙とクレヨンを与えていれば『お腹が空いた』と言わない子だったようです」と牧さん。しかし、子どものころ漫画を読んだことはほとんどなく、「時々、手塚(治虫)先生の漫画を友達同士で回し読みしていた」程度だったという。
小説を熱心に読む文学少女だった牧さんは高校を卒業すると銀行に就職した。実家があった大阪市中央区松屋町から、大阪の中心街にある難波支店に毎日通勤。「よい先輩や同僚と仕事ができて、とても楽しかった」と当時を懐かしむ。
ところが、本の卸問屋を営み人手不足に悩んでいた父から「店を手伝ってくれないか」と懇願され、泣く泣く銀行を辞めて家業を手伝うことになった。毎日、出版社からいろんな本が届けられる中に、貸し本屋に納める漫画本があった。
そのころ漫画界では貸し本漫画が全盛期を迎えていた。「大量の貸し本漫画が届くと、事務所の床にタワーのように平積みにされるんです。人気のある漫画本は(町の貸し本屋さんに次々と出荷され)夕方までにダーっと無くなっていくけれども人気が無いものは残っている。怖い世界だな、と思いましたね」と牧さん。しかし、そんな「怖い世界」に自分が身を置くことになるとは思ってもいなかった。
「マキの口笛」1960年 |
大人が楽しめる漫画を
卸問屋を手伝うようになって、漫画という表現文化に興味を持つようになった牧さん。文章を書くのは苦手だったけれど「漫画なら脚本のように会話体で表現できる。ちょっと描いてみようかな」とペンを握ってみた。まもなく第1作を描き上げて、父の知り合いだった近所の出版社に持って行くと「漫画はこう描くんだよ」と言って渡されたのが手塚治虫のナマ原稿。「その原稿はシミ一つなく、そりゃきれいでした。(第1作を)描く前にこの原稿を見ていたら、漫画を描こうとは思わなかったでしょうね」と牧さんは笑う。
気を取り直して描き上げた第2作「母恋ワルツ」が出版され、漫画家として第1歩を踏み出すことになる。この出版がきっかけで東京の大手出版社から注目されるようになり、講談社や集英社、光文社などから漫画の依頼が来るようになった。
「新人は注文を断ってはいけない」と思っていた牧さん。出版社から注文が来るたびに「はい」と二つ返事で引き受けたため、そのうち締め切りに追われるようになる。出版社から東京に呼び出され、ホテルに缶詰状態で漫画を描くことも経験した。
源氏物語‐春猫 巻九 86年 |
そんな牧さんを応援してくれたのが母だった。東京と大阪を行き来する牧さんを見て「東京で腰を据えてやってみたら」と後押ししてくれたという。「あの時代に、20歳そこそこの娘をよく東京に送り出してくれたと思います」と牧さん。いまでも、その時の母の気持ちを思うと胸が熱くなる様子だ。
漫画界は、まもなく貸し本から月刊誌へと読者の中心が移り、その後月刊誌から週刊誌、またはアニメーションへと媒体が多様化。それに伴い漫画ファンが爆発的に増加、漫画は一気に市場が拡大して巨大ビジネスへと発展していく。そんな時代の風が吹き始めていた時期に漫画家としてデビューした牧さんは「運が良かったと思います」と話す。
東京に落ち着いた牧さんは、月刊『少女』に連載した「少女三人」の大ヒットで漫画家としての地位を確立、続いて「マキの口笛」、「りぼんのワルツ」、「虹にねがいを」「銀のかげろう」などを相次いで発表、少女漫画家の第一人者として活躍する。
しかし、そんな牧さんも漫画家としてのキャリアを積むにつれ「大人の女性が楽しめる漫画(レディースコミック)を描きたい」と思うようになり、次第に成人向けを対象とした漫画に活動の場を移していく。当時は、レディースコミックを掲載する雑誌はほとんどなかったが、男性向け漫画雑誌『ビッグコミック』に「千本松原情死考」を掲載。「『ビッグコミック』はほとんどが男性読者なので、わたしが描いたページは読まれずに飛ばされるんじゃないかと怖かった」と振り返る牧さん。幸い、読者の評判はよく、再び漫画の依頼がきた時は「よかった!」と心底ホッとしたという。
千本松原情死考 73年 |
大人向け漫画に転向した当初は、作品を発表した後に出版社から漫画の依頼が来るたびに胸をなでおろしていたという牧さん。そんな思いで紡いできた物語は、「緋紋の女」(第3回日本漫画家協会優秀賞)、シリーズ「星座の女」の「口紅水仙」(モントリオール国際漫画賞第1位)、「源氏物語」(第34回小学館漫画賞受賞)など、レディースコミックの金字塔となった。
少女漫画家の中で大人の人間ドラマや女性の情念の世界を漫画で描く先駆けとなった牧さん。その経験から、「日本の古典でも外国の文学でも、漫画で表現できないものはないと思います」と漫画の持つ多様な表現能力に自信を持っている。これからのテーマとして、平安文学や江戸期の西鶴や近松物、それに明治期の女性をあげる。牧さんと同期の人で現役は少なくなったが、漫画への意欲はますます盛んだ。
|
少女漫画からレディースコミックへ 〜牧美也子の世界展〜
24日(月・振休)午前9時〜午後4時半、さいたま市立漫画会館(東武アーバンパークライン大宮公園駅徒歩4分)で。月曜休館。
漫画の原画や漫画原稿、それに30年前から始めた日本画の合計90点を展示し、牧氏の画業60年を振り返る。そのほか「りぼん」「少女」などの少女漫画雑誌、初代リカちゃん人形、牧氏のイラスト付き弁当箱や文房具なども展示。入館無料。
問い合わせは Tel.048・663・1541 |
|
| |
|