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  埼玉版 平成26年3月号  
故郷の喪失…ロケで痛感  映画監督の久保田直さん

「ドキュメンタリーと違って俳優が演じる劇映画は、セリフの解釈などで予想外の面白さがあった。また、撮ってみたい」と久保田さんは話す。「家路」は第64回ベルリン国際映画祭正式出品作品
福島舞台の映画「家路」公開
 東日本大震災による地震動と津波で福島第一原子力発電所事故が発生し、その影響で立ち入り禁止となった福島のある村─。その村を舞台にした映画「家路」が全国公開中だ。昨日まで生活していた場所に人が住めなくなるとはどういうことなのか、を被災した家族の視点で描いた作品だ。いきいきした森の緑や小川のせせらぎなど一見、何も変わっていないかのように見える。しかし、がらんとした商店街や残された牛の姿を通して、この場所がゴーストタウンになったことが痛いほど伝わってくる。福島の現地ロケで感じたことを監督の久保田直(53)さんに聞いた。

 原発事故の影響で立ち入り禁止区域となった故郷に20年ぶりに帰ってきた次郎(松山ケンイチ)。生家(福島県川内村の旧緊急時避難準備区域でロケ=福島第一原発から20キロ〜30キロ)に、一人で住み込み、稲作を始める。

 故郷を捨て、音信不通だった次郎の帰郷に驚く母(田中裕子)と先妻の子である兄(内野聖陽)。兄は、先祖代々受け継いできた土地を失い、希望を失ったまま狭い仮設住宅で義母や妻(安藤サクラ)らと一緒に暮らしていた。だが、長い仮設住宅での生活に疲れ果て、心身は限界を迎えつつあった。そんな家族の心に、次郎が生きる希望の灯をともしていく—。

 「3・11」の後、久保田さんは脚本家の青木研次さんと「誰も住めなくなったからこそ、そこに帰って行きたいという人がいてもいいのでは」と話し、それがこの映画をつくる原点になったという。

 久保田さんは1960年神奈川県生まれ。大学卒業後、ドキュメンタリーを中心にNHKや民放各社の番組制作に携わってきた。「NHKスペシャル 家族の肖像」など、これまで家族をテーマにした作品で数々の賞を受賞。「家路」は劇映画の監督デビュー作になる。

 しかし、ドキュメンタリーを専門にしてきた久保田さんがなぜ、今回は劇映画を撮ろうと思ったのか。

 「30年もやってきて、ドキュメンタリーだからできることと、できないことがあると思っている」と久保田さん。「(福島第一原発事故で無人化した町をテーマに)ドキュメンタリー作品をつくることはできる。しかし、その作品を世に出すことはできないと思った」と話す。

 ドキュメンタリー作品が世に出ることで、その作品に登場した人が攻撃を受ける可能性があるとおもんぱかった。

 「攻撃を受けた人を僕がどこまで守れるかと自分に問うた時、そのリスクを負ってまでドキュメンタリーにすべきではないと判断した」と言う。

 「誤解しないでほしいのは、僕らの頭の中に原発推進とか反原発とかはまったくない。(福島第一原発が立地する周辺地域に)誰もいなくなるってどういうことなんだろうと思ったのが、そもそものきっかけだった」と久保田さん。

 企画から映画が公開されるまで3年近くかかったが、その間に、「現地で起こっていることがどんどん風化していくのでは」と危惧しながら作業を進めてきたという久保田さん。「これは決して人ごとではない」という思いを強く持ちながら製作した作品は、劇映画ながらノンフィクションと思えるほど臨場感を感じるものになった。

現地の声を聞く
 「福島でロケをしていて一番驚いたのは自然がとても美しいこと。でも、そんな自然の中にいる時の方がかえって目に見えず、臭いもしない放射能の怖さを実感した」と久保田さん。現地では、地元のいろんな人たちから協力が得られた。中でも、農業を営む秋元美誉(よしたか=70)さんの存在は大きかったという。

 「秋元さんは農家の長男。そんな立場の人間が先祖代々から受け継いだ土地を守ろうという思いがどれほど強いか。それが守りきれなくなった時どんな気持ちになるか、ということが秋元さんを通して伝わってきた」と久保田さんは話す。

 「秋元さんの話でハッと思ったのは、自然が山の表土を5センチつくるのに5百年の歳月かかるということ。除染のためにそれがはがされていくと聞いた時、5áaはがせば人が住めるという簡単なことではないと実感した」

 また、秋元さんは飼っていた牛に孫の名前を付けていた。実際に牛小屋で孫の名前が書かれているのを見た時、久保田さんは何ともいえない気持ちになったという。

無人の商店街で
 映画「家路」の中でゴーストタウンを最も強く印象づけるのが、次郎と友人が無人の商店街を歩くシーンだ。現在、居住制限区域となっている富岡町内で撮影された同シーンでは、「人間のやってしまったことを実感した」と久保田さん。「主演の松山ケンイチさんや田中裕子さん、内野聖陽さんらも、ずいぶん感じるものが変わったと言っていた。撮影現場で実感したことが、映画の中ににじみ出ているような感じがする」と話す。

 現在も、福島県で帰還困難区域は7市町村にも及んでおり、居住制限区域なども含めた全避難指示区域人口の30%(約2万4800人)が故郷に立ち入ることさえ制限されている。


©2014「家路」製作委員会
「家路」  日本映画
 監督:久保田直、脚本:青木研次、音楽:加古隆、出演:松山ケンイチ、田中裕子、安藤サクラ、内野聖陽ほか。118分。MOVIXさいたま(Tel.048・600・6300)ほかで公開中。

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