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  埼玉版 平成26年1月号  
映画「小さいおうち」で細やかな演技  女優・倍賞千恵子さん

昨年11月のポール・マッカートニー東京公演に行った倍賞さん。「公演の間中、水も飲まずに昔のままのキーで歌っている。その姿勢が素晴らしいなと思いました。ポールのファンになっちゃいました」と話す
「山田洋次監督と50年以上も仕事」
 映画「男はつらいよ」シリーズの「さくら」役など、これまで出演した映画本数が約170本を数える女優の倍賞千恵子さん(72)。その倍賞さんが、25日から全国公開される映画「小さいおうち」に「女中・布宮タキ」役で出演している。同作品は、山田監督が作家、中島京子の直木賞受賞作を読んで映画化を熱望したという意欲作だ。山田監督とのコンビが50年を超えるという倍賞さん。今回の映画では、子どもの頃に疎開した茨城での体験や若い頃に初めて食べたとんかつのこと、それに母の思い出などを重ねながら「タキ」を演じたと話す。

 昭和初期、東京郊外にたたずむ赤い屋根の家に奉公した「女中タキ」が見た“恋愛事件”。「タキ」が封印したこの秘密を60年後の平成の今、大甥(おい)の青年「荒井健史」がひもといていくという、切なくもミステリアスな映画「小さいおうち」。家族の温かさを見つめ続けてきた山田監督が、人間の心の奥底に隠された裏側を描きだそうというテーマに挑んだ。

 倍賞さんはこの映画で、平成時代の「タキ」を演じた。自らが出演した映画の「3分の1以上を山田監督の作品が占める」という倍賞さん。その最初の作品は、倍賞さんが歌って大ヒットし映画化された「下町の太陽」(62年公開)だった。山田監督にとって2本目となる同作以来、倍賞さんと山田監督とのコンビは続く。「男はつらいよ」シリーズ全48作をはじめ、「霧の旗」「家族」「故郷」「幸福の黄色いハンカチ」などに出演した。

 思いつくままに山田監督作品の出演作を上げながら、倍賞さんは「これだけ長く続いてきたというのは何なんでしょうねえ。私にも分かりません」とさわやかな笑顔を見せる。

 山田監督作品に出演することで多くのことを学んできた、という倍賞さん。「特に、『男はつらいよ』では、自分が演じた『さくら』というもう一人の人生を生きていくことを学びました。世間とか人を見る目も含めて」と話す。「男はつらいよ」に出演した俳優でシリーズ全作品に出演したのは渥美清と倍賞さんらわずか。69年から95年まで26年間も続いたロングシリーズで倍賞さんは「さくら」を生きた。

 そんな山田組を代表する女優、倍賞さんでも「小さいおうち」の撮影初日はものすごく緊張したという。お茶を入れるシーンで自分の手が震えているのに気付いた倍賞さんはいったん、撮影場所から離れ、深呼吸して気持ちを落ち着かせたと明かす。

 「山田さんからは、腰を曲げて、とか言われました。それに声を低めにして、早口にならないように気を付けました。映画では『タキ』を演じつつナレーションもやっているので同じ口調にならないようにするのがちょっと難しかった」と振り返る。

 俳優によって演じる役に対するアプローチの仕方は異なるが、倍賞さんは役中の人物に職業があれば、そこから役の人物に入っていきやすいという。

体験生かし役づくり
 「タキ」を演じる際は母の思い出が役作りのきっかけになった。かつて倍賞さんが東京・西麻布に住んでいた頃のことだ。母から突然、「千恵子、私ね、この辺に奉公にきたことがあるのよ」と言われたという。映画の中で「タキ」が着ていたかっぽう着をよく着けていたという母。「奉公といい、かっぽう着といい、何か縁があるなと思いながら演じていました」と話す。

 また、「タキ」が自室に訪ねてきた「健史」にとんかつを食べさせるシーンでは、名前が少し売れ始めた、若い頃の体験を思い出していたという。

 まだ、日本の食事情が乏しい当時のこと。近所の店で“とんかつ”を買って食べた倍賞さん。それは丸いハムをパン粉で揚げたとんかつ風のもの(ハムカツ)だった。その後、初めて銀座のレストランで食事をした時にとんかつを注文したが、出されたものを見て、「なんでこれは丸くないの」と不思議に思いつつ、ナイフで切ってみると中は分厚い豚肉。「これはとんかつじゃない、と思ったので『私、とんかつ頼んだんですけど』って(ウエーターに)言ったんです。すると、『これがとんかつですよ』と言われちゃって」と笑う。倍賞さんは映画の中でとんかつを揚げながら、そんな昔のことを思い出したという。
 「昭和のはじめ、東京郊外の小市民家庭には、ささやかだけど、かわいいような、身の丈にあった暮らしがあった。そういう時代を大事に表現したい」というコンセプトで作られた映画「小さいおうち」。

 倍賞さんにもそれと似たような思い出がある。終戦の4年前に生まれた倍賞さんは茨城・岩瀬(現・桜川市)に疎開したが、当時のことは今も「絵を見るように覚えています」と目を輝かす。

 「子どもたちみんなでメダカやタニシ、あるいはつくだ煮にするためのイナゴを捕りに行ったりしました。秋になると近くの山へキノコ狩りに行きました」と倍賞さん。

 また、おやつ代わりだったのが渋柿。「渋柿をわらぶき屋根の中に突っ込んでしばらくすると甘くなって食べられるんですよ。多くの子どもが同じことをやるので、誰の柿を食べたか分からなくなっちゃう。それが原因でよくけんかしたものです」と懐かしがる。

 都電の運転手をしていた父は1週間に1回、茨城に帰ってくるたびに必ずお土産を買ってきてくれた。「学校まで迎えに来てくれた父と線路伝いを約1時間かけて歩いて帰る途中、戦争に行った時の話などもしてくれました」という。戦中、戦後という暗い世相の中でも、庶民の生活がしっかりと息づいていたことが分かる。

夫とライブ活動も
 子どもの頃から歌が得意だった倍賞さん。長じて、“松竹映画”にスカウトされる前は松竹歌劇団に所属していた。そんな倍賞さんにとって、女優と歌手はいわば車の両輪のようなもの。今も歌う時に忘れないようにしているのが、「歌は詩を語るように、セリフは歌うように」という山田監督からのアドバイスだという。

 作曲家である夫のピアノ伴奏によるライブ活動を続ける一方、今年は新譜のレコーディングが予定されている。

 女優や歌手としての活動が半世紀を過ぎた倍賞さん。昨年秋には同時期に3本の出演作が封切られるなど、仕事への意欲は衰えない。「これからも良い作品があれば。でも、ほどほどにやっていこうかなと思っています」と語り、マイペースを心がけている。


©2014「小さいおうち」製作委員会
「小さいおうち」 日本映画
 監督:山田洋次、出演:松たか子、黒木華、片岡孝太郎、吉岡秀隆、妻夫木聡、倍賞千恵子ほか。原作:中島京子「小さいおうち」(文春文庫)136分。25日(土)からユナイテッド・シネマ浦和(Tel.048・813・8856)ほかで全国公開。

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