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  埼玉版 平成25年1月号  
現代の家族の姿 繊細に表現  俳優・橋爪功さん

「10代の時に『東京物語』を2回見たけれど、よく覚えていない。今回は意識しないためにあえて見なかった」と橋爪さん。「東京物語」では、橋爪さんが演じた平山周吉役を笠智衆が演じている
 俳優生活が半世紀を超え、喜劇からシリアスな役まで幅広くこなす橋爪功さん(71)。日本を代表する実力派俳優の1人だ。その橋爪さんが、19日(土)から全国公開される山田洋次監督50周年記念作品「東京家族」に主演している。60年前に公開された小津安二郎監督の名作「東京物語」をモチーフに製作された現代版・家族の物語という同映画。山田監督作品への初出演となった橋爪さんは、「良い監督に出会えて良い映画ができた」と語る。

舞台は現代の東京
 「今、俺に人を殺させたら最高の芝居をするよ、と言い続けているけど、なかなかやらせてくれないんですよ」と話す橋爪さん。今回演じた平山周吉は瀬戸内海の小島で妻のとみこと暮らす老年期の男性の役。“悪役”ではないが、淡々とした人柄の役を演じている。

 舞台は2012年5月の東京。開業医を営む長男の幸一、美容院を経営する長女の滋子、舞台美術の仕事をしている次男の昌次ら家族と久しぶりに会うために上京してきた周吉ととみこ。最初こそ互いを思いやっていたが、田舎で生活している両親と都会で生きる子どもたちとでは生活のリズムが違い過ぎ、少しずつ溝が生じてくる—。

 小津の「東京物語」は戦後の復興から高度経済成長へと突き進んでいこうとしていた1953年の作品。「東京家族」は、景気が低迷する中で「3・11」の東日本大震災が起こった現代の東京という設定だ。2つの作品の時代背景は正反対だが、「家族のあり方」をテーマにしていることに変わりない。

山田洋次監督と初仕事
 意外にも、橋爪さんは今回の映画が山田監督とは初めての仕事。それだけに、「僕なんかを使って、監督は無謀だなと思った。失敗したらどうしようか」と思っていたという。しかし、「東京家族」の試写を見た人たちの反応が非常に良いのを聞いてひと安心している、と橋爪さん。「(東京家族は)見た人の心の中に残る映画だと思う。一人一人の胸の中に何かがストンと落ちるような作品」と話す。

 周吉の年齢とほぼ同年代の橋爪さんは、自ら演じた周吉の心情に理解を示す。「子どもたちが独立し、それぞれが家庭を持っている状況の中で、もう子どもたちへほとんど期待してないし、ある意味、人生をやり終えたという老人の思いを抱いている」と周吉という人物像について見解を述べる。

 「男はつらいよ」シリーズなどの映画でこれまで、さまざまな家族の姿を描き続けてきた山田監督。橋爪さんは「東京家族」での撮影を通じて山田監督が持つ、深い人間愛を感じたという。「それは、うらみ、つらみ、そして悲しみを抱え生きる人間に対する共感だと思う」と橋爪さんは話す。

 41年、大阪市に生まれた橋爪さん。20歳で「文学座」附属演劇研究所に入り、そこで師と仰ぐことになる俳優・演出家の芥川比呂志と出会う。

 その後、「劇団雲」を経て芥川や俳優の仲谷昇、岸田今日子らとともに「演劇集団 円(えん)」の創設に加わった。現在は「円」の代表を務める。テレビや映画出演は多いが、もともとは舞台で鍛えられてきた人。今も舞台への思いは人一倍強い。舞台では「シラノ・ド・ベルジュラック」や「野田版・国性爺合戦」などに出演。映画では96年公開の和泉聖治監督「お日柄もよくご愁傷さま」で日本アカデミー賞主演男優賞優秀賞を受賞している。

 50代になってから主役を演じることが多くなった橋爪さんだが、若いころはせりふが付かない時期もあった。そんな時でも、「別につらくはなかった。役者を辞めたいと思ったことは一度もない」と言う。芝居を演じて、見ることができるだけで楽しかったからだ。「役者が天職かどうかは分からない。当時はお金を稼げないという意味ではつらいな、と思ったことが何度もあったけれど」と笑う。

泥酔の演技に苦心
 喜劇的な演技から誠実な役まで幅広く演じることに定評がある橋爪さん。今回、撮影の中で一番神経を使ったシーンがある。それは上京後、居酒屋で同郷の友人と酒をくみ交わす場面。酔いつぶれた周吉が、「どこかで間違ごうてしもうたんじゃ、この国は」と心情を吐露する。このせりふには、日本人が持ち続けてきた“古き良き心根”をだんだん無くしつつあるんじゃないか、という山田監督の気持ちが込められている。


 「ここは初めて周吉が気持ちを動かす場面。それだけに他の場面と違和感が生じると困ると思った」と橋爪さん。「あんな人と結婚して相手の選び方を間違ってしまったとか(笑)、違う職業を選んだとか、人にはいろんな思いがあると思う」と言いながら、「周吉さんも言いたかったんでしょうね。自分も子育てを含め間違ったんじゃないかとか、いろいろと」と周吉の気持ちを思いやる。


 周吉は断酒していたのに友人とつい飲み過ぎてしまい、子どもたちに迷惑をかけてしまう。山田監督はそんな日常生活を営む人たちをやさしい視線で描いている。


 「丁寧で厳しい演出」といわれる山田監督だが、「現場では1カット1カット最善を尽くしたいという考え方がよく伝わってきた」と橋爪さん。「橋爪にこれ以上言っても無駄だな、と諦めたほうが多かったかもしれない」と笑いながら、「根っから優しい山田監督は現場で俳優を追い詰めたりすることはなく、よく冗談を言って現場のムードを和ませていた」と明かす。

 「今はいい映画ができたな、という気持ちと同時に良い監督に出会えたなという満足感がある」と橋爪さん。「機会があったらまた、(山田監督と映画を)撮りたい」と語りつつ、気持ちはすでに次の仕事へと向かっている。


(C)2013「東京家族」製作委員会
「東京家族」 日本映画
 監督:山田洋次、出演:橋爪功、吉行和子、西村雅彦、夏川結衣、中嶋朋子、林家正蔵、妻夫木聡、蒼井優ほか。146分。19日(土)からユナイテッド・シネマ浦和(TEL.048−813−8856)ほかで全国公開。

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