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「ものづくりは楽しい!」 漫画家/たなかじゅんさん |
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「日本では絵師や刀工、宮大工など職人が尊敬され、ドイツやイタリアでも職人を大切にしてきました」とたなかさん |
漫画で描いた町工場の世界
幕末、鎖国の日本を訪れたアメリカの提督ペリーは、職人の技術を高く評価、やがて世界で強力な競争者になることを予想したという。最近、中国や韓国の台頭で競争力にかげりが見える“メード・イン・ジャパン”だが、「得意なものづくりを生かすことが、日本の生き残る道」と話すのが漫画家のたなかじゅんさん(47)だ。たなかさんは町工場を舞台にした漫画「ナッちゃん」(集英社)の作者。28日(日)午後1時半、「埼玉県立歴史と民俗の博物館」でものづくりへの熱い思いを語る。
「日本では昔から職人が尊敬されてきました。今も“老舗”と呼ばれるお店が多いのはそのためです。これは同じアジアでも儒教の影響が強かった中国や韓国と大きく異なるところです」とたなかさんは言う。
しかし、バブル経済のころから社会で顕著になってきたのが、ものづくりに対するネガティブなイメージ。「不況」や「格差社会」が話題になると、テレビなどには町工場の場面が映し出される。「暗い話題と町工場が重なってしまう、それら映像は物作りの一面しか捉えていない」とたなかさん。「一方で、ものづくりは楽しい、ということが伝えられていません」と話し、暗い話題で町工場が扱われるたびに強い憤りを感じるという。
たなかさんが「ものづくりの楽しさ」を強調するのは、かつて町工場で仕事をしていた今は亡き父の姿が記憶にあるからだ。
実家の和歌山県田辺市で鉄工所を営んでいたたなかさんの父は、自宅1階にある仕事場でいろんな機械を作っていた。和歌山名産の梅干し工場や貝ボタンの製作向けなどのさまざまな工作機械。「注文を受けてから図面を引いて設計し一から機械を作っていく。父は確かに苦労しながら油まみれになって働いていました。その割にあまり儲かりませんでしたが、ものづくりを楽しんでいました」とたなかさん。「頭の中でイメージしたものが実際、形にできるわけですから面白くないわけはありません」
たなかさんが描いた「ナッちゃん」は父が経営していたような鉄工所が舞台。工場での機械製作や修理する過程が詳しく描かれている。
「ナッちゃん」は教育用として、工作機械や家電メーカーなどの企業や大学、工業高校などに置かれている |
働く女性からも共感
「ものを作ったり、直したりしている場面こそがドラマなんだ、というところを見てもらいたい」というたなかさんのメッセージが「ナッちゃん」には込められている。
同作品は、零細鉄工所の娘・阪本ナツコが主人公。父の死後、父の鉄工所を継いで数々の苦難を工夫と努力で乗り越えていくという物語だ。1998年から06年にかけて「スーパージャンプ」(集英社)で連載、その続編が07年から09年まで「オースーパージャンプ」(同)に連載された。
連載開始後、町工場で働く人々はもちろん、男性優位の会社で働く女性たちからも大きな共感を呼ぶ。「勤めている会社を辞めて町工場に行きます、というファンレターまで届いた」(たなかさん)という。雑誌の連載は「ナッちゃん〜下町鉄工所奮闘記」全21巻(集英社)、「同〜東京編」全3巻(同)としてまとめられた。
「ものづくりは無から有を生み出します。製造によって価値を生み出し、それでお金を稼ぐ。一方、金融は大事な機能ですが、お金を右から左に動かすだけで稼ぐ。価値は生み出しません。世の中にとって、ものづくりの方が“価値”があるのでは」とたなかさん。
ところが、日本が得意としてきた「ものづくり」が揺らいでいる。
中国や韓国が家電や精密機器、あるいは自動車などこれまで日本が得意としてきた分野で国際競争力を増す一方、円高も加わって日本メーカーの競争力は低下。さらに、昨年3月11日に起きた東日本大震災を機に原子力発電停止によるコストアップや将来の電力供給不安が追い打ちをかけ、企業を取り巻く環境は厳しい。このままでは中小企業の廃業や海外への工場移転による産業の空洞化が一段と進展しそうだ。
たなかさんは、こういう状況の今こそ、改めてものづくりの重要性を認識すべきだ、と訴える。「日本はここで最も得意なものづくりを止めてはいけません。東日本大震災で世界の自動車産業に影響が出たのを見ても分かる通り、今も日本の多くの部品や素材などが世界で使われているのですから」
たくさんの町工場がある東京・大田区—。たなかさんは5年前に同区の町工場で働く10人と「チーム職人魂」を結成し、毎年大田区が開催するおおた工業フェアに出品。みんなで、熱の温度差で動くスターリングエンジンや2人がかりで回す大きな宇宙ゴマを作って楽しんでいる。「日ごろ、彼らは工場で素材を加工し精密部品を作っていて最終製品は作っていません。出品するために図面から起こして最終製品を作ることが楽しいんです。完成した作品が動いた時はチーム全員に大きな感動が生まれます」とたなかさん。
日本のものづくりが危機にひんしている今、日本の職人の底力を改めて知ることが大切になっている。 |
記念講演会 「現代町工場のものがたり」
28日(日)午後1時半〜3時、埼玉県立歴史と民俗の博物館講堂(東武野田線大宮公園駅徒歩5分)で。
6日(土)から11月18日(日)まで同博物館で開催されている「特別展 職人のわざとカタ—商品の誕生」を記念しての講演会。「ナッちゃん」の作者、たなかじゅんさんが、現代町工場のものづくりの技を楽しく分かりやすく解説する。定員150人。参加無料。
また、同特別展本展は「型を使ったものづくり」がテーマ。浴衣や和傘、和菓子など衣食住に関わる品々や人形、郷土玩具、そして近代工業を支えた木型による機械部品の鋳物など、埼玉を中心に職人が作った製品を型や製作工程品とともに紹介する。料金600円(65歳以上は無料)。
問い合わせは TEL.048・645・8171 |
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