|
後継者ができればと願うが、長女はまだ高校生。
「未知数ですね」と野崎さん |
|
三つ折れ人形を製作
華やかな着物をまとい、黒髪豊かな愛らしい市松抱き人形。なかでも、正座という日本独自の習慣から生まれた最高級品“三つ折れ人形”を作る、数少ない人形師の一人が、草加市在住の野崎芳寿さん(58)だ。一体一体異なる表情の人形には作る人の人生も自然と現れてくる。機械で大量生産される人形を買う人のほうが多い時代だが、団塊の世代の野崎さんは伝統技法で人形の本質を探究していく。「自然体で人形を作り続け、未来の人に感動を与えられれば」と話す。
野崎さんは人形の生地を作る父親のもとに生まれた。長男として家業を継ぐのが当然だったと言う。1965年に市松抱き人形の人形師・中森克政に師事。その後、家業を手伝いながら独立する。
市松人形は、キリの粉とのりをまぜて固めたものや木彫を土台に、手足が動くように作られたもの。江戸時代に生まれ、着せ替えをしたり抱いたりして遊ばれた。歌舞伎役者、佐野川市松の姿を写したとも伝えられる。野崎さんは全工程を手掛けている。
「若いころは何度も辞めようと思いました」と野崎さん。無の世界から形を作り出す仕事。人形の本質を追究していくなかで、技術が伴わなかったり、売れなかったりすると悩んだ。父親が亡くなった20代後半が一番苦しい時期だった。
しかし「ここで辞めたら何も残らない」と自分を追いつめ、30歳を目前に壁を乗り越えた。言葉で表すのは難しいが、人形が語りかけてくるのを感じるようになったと言う。「いろんなことに挑戦しようと意欲がわいてきました」。応援してくれる人たちとの出会いもあった。
応援してくれる人のひとりで、人形店のオーナーがある時、「三つ折れ人形に挑戦してみたら?」と言ってきた。市松人形の中でも最高級といわれる三つ折れ人形。足の付け根、ひざ、足首が折れて正座ができる、日本ならではの人形だ。だが、製作工程に手間がかかるため、大正時代に廃れてしまい、その後、作る人はいないに等しくなった。
流されず自然体で…
「やってみようか」。82年から研究と製作を始める。作り方の資料などない。全体のバランスが悪いと、人形はひっくり返ってしまう。写真や、美術館で実物を見ながら暗中模索した。86年に初めて三つ折れ人形の個展を開くと、珍しさから専門家の関心を多く集めた。
心を映す 人形の顔
今では熱心なファンもいるようになった野崎さん。自分の若いころの作品をファンが持ってくると「自分が作ったものなのか」というくらい違うと言う。人形の表情も、若いころは覇気があって向かっていくような感じだが、結婚して子どももいる今は柔和だ。
一体一体違う人形の中から自分好みの顔を見つけて買ってかわいがる。「人形は買った人の心を引き入れます。その人が楽しい時は、人形も楽しい顔をします」と野崎さん。人形は“鏡”。それが魅力で、ゆえに怪談などに登場してしまう。
特徴出さず 目標定めず
だから市松抱き人形を作るときは、自分を出さないようにする。そもそも野崎さんは自分の特徴を出そうと思って作ってはいない。特徴や熟練した技術は自然と人形に表れていくものと考える。そして「こういうものを作ろう」という目標も定めておかない。ある時ふっと思いついたものを作ることが多い。
「若いころは『有名になりたい』という欲もありました。でもある程度のところに来ると自然体でいた方がいいのかなと」。作りたい物を作っている、と穏やかな笑顔で話す。
|
「先生の人柄も楽しい」と川崎さん |
枯れたなかで キラリと光る
「わたしの年齢とともに人形も『枯れて』いくのかな。その中にひとつキラリと光るものがあれば」。それは人間も同じ。「年を重ねた味わいがあれば、流されて生きていない証拠になる」と同世代に向けて話す。
創作に1年かかる作品もある。伝統技法を守りつつ続けるのは根気のいる仕事だ。高価なものなので、たくさん売れるというわけでもない。「金もうけはできませんが、幸せだと思っています」
自分の作品を後世に残すことができる。そして何百年後かの人たちに感動を与えられればこんなうれしいことはないと言う。「精いっぱい作らなきゃという使命感があります。これでいいと思ったらおしまい。苦労しても自分は『生きている』と感じていたい」。自分にとって人形は生きていることのすべて。
「生き方は変わりません」
人形サークル「ひいなの会」
野崎さんは人形サークル「ひいなの会」を主宰している。活動は基本的に、月2回第2・4木曜日午後1時15分〜4時15分、草加市立中央公民館 (JR草加駅徒歩15分) で行っている。
メンバーのひとり川崎順子さん (54) は、野崎さんの個展を見に行ったことがきっかけで“野崎人形”のファンに。自分も作りたいと思うようになった。「ほかのメンバーと交流しながら作っていく過程が楽しいです。できあがった人形は宝物です」。製作は難しいが、張り合いがあると笑顔で話す。
|
| |
|